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第86話
「あ、今夜瞬達泊まりだってさ」
先程永久の携帯をいじっていた時に瞬からメールが来ていたことを思い出した。
ファッションショーの打ち上げで、何処かの高級ホテルに部屋が取ってあるのだとか。
もちろん、真琴も水島も、源三も一緒に・・・・・・・・・
「なんなら永久も泊まりに行けば?高級だってさ、高級ホテル」
「大翔が一緒なら行く」
「俺は帰る」
「なら俺も帰る」
これだけは言いたくなかったけれど、と大翔がお茶を濁し・・・・・・
「真琴が全国各地から取り寄せた壷やら掛け軸やらの第一便が・・・・・・今夜届く」
ピンと来た永久が大翔の腕を掴む。
「マジ?」
ぴったりと身体をくっつけて、真剣な表情で永久は顔を近づけてきた。
「・・・・・・まぁ大翔の側を離れなければ大丈夫だろ?」
な、と大翔に同意を求める。
「永久、俺達だって人ならざる者なんだし・・・・・・それに四六時中一緒にいられるわけじゃねぇだろ?」
「いれる!!」
「・・・・・・・・・・・・永久」
呆れ顔で溜息を吐く大翔に永久は即答した。
そして・・・・・・
「・・・・・・」
ちゃぷん・・・・・・
「・・・・・・」
ぶくぶくぶく・・・・・・
大翔は口元まで湯に沈んで、膝を抱え、彼を見上げる。
「・・・・・・そんなに睨むなよ、エッチ」
風呂場の入口、そこには永久が立っている。
もちろん、素っ裸。
「じゃんけんに勝ったんだから仕方ねぇじゃんか、な?」
ニッコリ笑って椅子に腰掛ける。
「仕方ねぇなら風呂ぐらい一人でゆっくり入らせてくれないかな?永久くん?」
「馬鹿野郎!この広い屋敷で独りぼっちにさせる気か!!大翔くん!」
ダメだよな、うんうんと何度も頷きなが、永久はシャンプーのポンプを繰り返し押した。
手の平から液が零れたところで、取りすぎた分を大翔の頭に移す。
ぐわしゃぐわしゃと片手で髪を掻き回してくる永久の手を退け、唇を尖らせた。
「なんだよ、洗ってやるぞ?」
折角だし、とニカッと歯を見せて笑う永久。
大翔の頭の中に数分前の光景が思い出された。
(さっきのじゃんけん、本当は一本勝負だったのに・・・・・・・・・一発目でこの世の終わりみたいな顔したよな、永久)
結局三本勝負のじゃんけんに変更したけど、と大翔は大きな溜息を吐き出した。
コンコン・・・・・・コンコン・・・・・・
現在の時刻、二十二時五分。
コンコン・・・・・・コンコン・・・・・・
ここは永久の部屋。
コンコン・・・・・・
「なぁ、大翔・・・・・・誰か来た」
二十二時を回った頃からずっと、誰かが部屋の扉をノックしている。
誰かだなんて・・・・・・今夜は屋敷に永久と大翔の二人っきりのはずだ。
「大翔くん」
腕の中に抱えた大翔は眉間に皺を寄せ、格闘ゲームに夢中だ。
ノックの音に気付いていないはずはないのだが。
「ひろちゃん」
「気にすんな、とわちゃん」
漸く画面から目を離して永久をその大きな瞳に映した。
「でも、あんなのずっと続いたら俺寝れねぇ」
ぎゅっと大翔を抱く腕に力を入れた。
「入ってこないから平気だって」
ぽんぽんと永久の頭を軽く叩いて、大翔は再びゲームに意識を戻す。
(入ってこないっていう保障は何処にもないだろ?)
「ひろちゃん」
「情けない声出すなよ」
しょうがない、と大翔はまだノックの続く扉に視線を投げた。
ギラッと一瞬鋭く光った・・・・・・気がする。
「ほら、もう大丈夫だ」
そう言う大翔の言葉通り、ノックの音がピタリと止んだ。
「おぉ!」
「ちょっ、永久!うわっ!!」
抱えた大翔ごとベッドにダイブする。
「俺まだあいつ倒してないから!!永久!」
画面の中央に大翔が操るキャラクターと対峙する熊のようなキャラを指差し、永久の手から逃れようともがくが、永久の腕はがっちりと大翔の腰を捉えていて外れない。
「そいつ俺倒した」
「俺はまだだっつうの!!離せよ、永久!やられちまうだろ!!」
コントロールが上手く出来ない永久のキャラクターは一方的に熊男に攻められて一回戦は負けてしまった。
「くっそぉ!!」
びくともしない永久の腕の中、大翔は何とか体勢を変えてコントローラーを操作する。
「そいつ足が弱点だぜ」
大翔の肩に顎を乗せて、永久がアドバイスをくれたおかげかどうかは分からないが、二回戦は何とか勝利を手にした。
そして、負けられない三回戦。
永久は大翔に抱きついたまま、スースーと小さな寝息を立て始め、じわじわと圧し掛かる永久の重みでコントローラーを持つ手が痺れて・・・・・・
「永久のアホ」
がっくりと大翔は首を落とした。
草木も眠る丑三つ時・・・・・・
カタ・・・・・・
カサカサ・・・・・・
「やぁね、ちょっと、肌すべすべぇ」
「なになに、食べちゃいたいわぁ」
「これこれ、若い男よ、若い男!」
「あたしにも触らせてよぉ」
「あはっ、お久ぁって感じぃ?」
永久は何かの気配を感じて目が覚めた。
眠い目を擦りながら、片腕では大翔をがっちりと抱き締めたまま、部屋の中を見回す。
(暗い)
部屋の照明は落とされていて、それぞれのシルエットだけが浮かび上がっている。
その中の一つが、動いていた。
(ん?)
ジッと目を凝らす。
微かな物音。
ごくっと生唾を飲み込んで、大翔を揺する。
「・・・・・・・・・・・・ひろ、と」
耳元で名を呼ぶが、大翔は覚醒しない。
永久の声が聞こえたのか、影の動きがピタリと止まった。
(大翔!!)
爆睡している大翔を抱き締めて目をぎゅっと瞑る。
「はいはい、大丈夫」
眠っているはずの大翔の腕が永久の首に巻きついた。
「大丈夫よ」
でも耳元で聞こえる声は大翔のものじゃなかった。
首に巻きついている腕もめちゃくちゃ冷たい・・・・・・気がする。
(大翔!!)
冷たい手は首から外れて、永久の頬に触れた。
「怖がらなくていいわ、何もしないから・・・・・・・今は」
女の声?。
いや、それにしては低いような気も・・・・・・・・・
「二人とも・・・・・・いい男よね」
くすくすと笑う声は先程の女の声とは違う。
(って、何人おいでなんですか!!)
「最近ご無沙汰だものねぇ」
(何が?)
「ほんとほんと、拾ってくれた人に感謝しなきゃ」
また別の声。
永久の頬を撫でる手は止まらない。
いや、撫でる手は頬だけじゃない。
あちこちに感触が・・・・・・
首筋や・・・・・・腕や・・・・・・腰や・・・・・・・・・・・・!!!!!
(ひろとヒロト大翔ヒロト大翔ひろと!!!!!)
「てめぇら、これ以上永久に何かしやがったら問答無用で全員まとめて調伏すっぞ」
突然腕の中で大翔の声がして、永久はぎょっと目を開けた。
瞬間、部屋の中にいたと思われる気配が・・・・・・・・・消えた。
「ひ、ひ・・・・・・ろぉ」
「情けない声出すな」
部屋の中はシンと静まり返り、動くものもない。
「い、今の何?」
「あ?真琴が拾ってきたオカルトグッツの中のオカマ一行」
「お、おかまさん?」
(なんだろう、このちょっとだけガッカリした感じ?)
大翔は手探りでリモコンを手にし、部屋の照明を点けた。
「点けたままにしておいたんだけどな、手が当たって消えちゃったのかな?」
「大翔、『ちょーぶく』って何?」
「漫画でやってた」
「大翔も出来るのか?」
「さぁ、出来るかもよ?」
いいから寝ろ、と大翔が永久を抱き寄せる。
「またさっきのオカマさん一行が出てきたらどうしよう?」
「何?期待してんの?」
ぶんぶんと大翔の腕の中で首を左右に振る。
「でもさ、本当の正真正銘の綺麗なお姉さんの幽霊なら歓迎するかも」
へへっと顔を上げると、そこには呆れ顔の大翔のドアップ。
「なら次は助けないからな」
「ごめんなさい、もう言いません・・・・・・大人しく寝ます」
ぎゅっと大翔の腰にしがみ付いて、目を閉じる。
お互い抱き締め合って眠る姿を、天井に浮かんだ彼女達が残念そうに見下ろしていることに気付かずに。
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