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第87話
「で、昨日何かあった?」
ニコニコ笑顔の真琴が、コーヒーを注いだマグカップを永久の前に置いた。
「お前・・・・・・なんでいるんだ?」
きらきら輝く真琴の瞳。
今朝早く、真琴一人のみが心を弾ませて帰って来た。
真琴の耳にもオカルトグッズが届いたと一報が入っていたようだ。
(そんな期待した目を向けてくるな!)
ぐったりとソファーに沈んでいた永久は恨めしそうな視線だけを真琴に向けた。
「永久の下着だけ荒らされてた」
洗面所から戻ってきた大翔が永久の隣に腰を下す。
「出たのはオカマの幽霊さん御一行と、あとは・・・・・・」
「大翔ストップ!!他にも何かいたのか?」
「なんだよ、気付いてなかった?」
「お兄ちゃん、そこんとこ詳しく!!」
「あぁっともう時間だ!真琴、お前はもうアカデミー行く時間だろ!」
大丈夫よ、という真琴を急かして出掛けさせ、永久はリビングのソファで再び大翔を腕の中に閉じ込めた。
「なぁ、大翔・・・・・・俺なんで幽霊とかオバケとかダメになったか覚えてる?」
「知らん」
不機嫌オーラ全開の大翔は短くそう応えた。
大翔は永久の腕の中で、じっとテレビ画面を睨みつけている。
「俺さぁ、やっぱあれが原因だと思うわけよ。ほら、大翔と親父がグルになってさぁ」
永久の話はまだ続く。
「永久・・・・・・お前いったいいつまでそうしてる気?」
溜息混じりに永久の話を切り、永久の腕を軽く抓る。
だが、その腕は外されなかった。
「だってなんか寒気がするんだもん」
ぐりぐりと顔を大翔の肩に押し付ける。
「だもん、じゃないんだよ!風邪でもひいたんじゃないの?俺にうつすな!」
離れろ、肘で永久の身体を押してみるがビクともしない。
逆に、更に腕に力を込められて・・・・・・諦めて大翔は視線をテレビに戻した。
「ん?」
大翔の携帯がメールを受信したと知らせ、その文面を永久に見せた。
「ってことは、あの家には今夜も俺と大翔の二人っきり?!」
「永久も泊まりに行けば?」
(その方が静かだし)
思っても口には出さなかった。
「大丈夫、大翔とくっついて寝ればいいんだし」
昨夜の光景を思い出して、軽く身震い。
「大翔は俺と二人っきりって嫌?」
「・・・・・・・・・・永久、お前、怖いんだろ?」
(ぎゃーぎゃー騒がれて、ぎゅーっとくっつかれても・・・・・・鬱陶しい)
「じゃぁさ、今日は大翔の好きなもん作ってやるよ。夕飯何がいい?」
「夕飯の買出しくらいは手伝わそうと思ってたのに」
永久は一人、カートを押しながら食品売り場をうろついていた。
「あ、豚肉が安い」
大翔は最近生姜焼きにハマっていた。
無意識に手にした食材と、すぐに浮かんだ大翔の嬉しそうな顔。
(・・・・・・・・・・ったく、しょうがねぇなぁ)
永久は苦笑して豚肉をカゴに入れた。
両手に買い物袋をぶら下げて、鼻歌交じりに家路につく。
たぶん、大翔はいない。
一度モデルの事務所に顔を出すと言っていたから。
永久は玄関扉に背中を預けて座り込み、携帯を開いた。
鍵を忘れたのでも、失くしたのでもない。
それはちゃんとカバンの底にあるのは分かっているけれど、中に入れなかった。
(だって、誰もいない)
淋しいのではく・・・・・・怖いのだ。
(自分ちなのに・・・・・・)
身が持たない、と叫ぶ。
大翔がいつ戻ってくるか確認しようと携帯を取り出して・・・・・・ゾッと悪寒がした。
後ろは玄関の扉で・・・・・・その扉に永久は背中を預けていて・・・・・・
あまりの出来事に永久は声を出せずにいた。
両肩に・・・・・・青白い手が乗せられている。
子供の手・・・・・・幼い子供の腕・・・・・・
(ありえない!だって後ろは玄関の戸!!)
恐怖のあまり幻覚を見ているだけだ!!
そう思い込んでギュッと目を閉じる。
(怖くない!怖くない!!)
まだ夕方で、太陽だってまだ沈みきってない!!
そっと瞼を持ち上げると、青白い腕は消えていた。
肩には腕が残っていた重みが・・・・・・ぶんぶんと頭を振って、少々クラッとなった。
「・・・・・・ねぇ?」
永久の様子がおかしくて声を掛けたのか、少女がこちらを見ている。
恥ずかしいところを見られてしまったと、永久は真っ赤に頬を染めながら・・・・・・・・・
「な、なにかな?」
上擦った声で返事を返した。
「お兄ちゃん知らない?」
「お、お兄ちゃん?って、俺は君のお兄ちゃん知らないんだけど?」
初対面なんですけど、と少女の顔をじっと見詰める。
(かわいいけど、この辺じゃ見かけない子だなぁ・・・・・・しかも、普通の人間の子じゃないっぽい?)
漆黒の、ストレート髪に赤い金魚の浴衣を着た少女はただ黙って方向を変えた。
「あぁ、えっと、君!この辺りじゃ見かけないけど、引越してきたのかな?」
「うん。お兄ちゃんと一緒に」
にっこり笑う少女に対し、自然と永久の顔が雪崩を起こした。
「君名前は?」
「椿」
「ツバキちゃん?かわいい名前だね。お兄ちゃんを探してるんだったね?」
こくりと頷いて、大きくてクリッとした目がウルウルッと永久を捕らえた。
「お兄ちゃん迷子なの!探さなきゃ!」
(ツバキちゃんが迷子なんじゃないのか?)
椿の小さな手が永久の腕を掴む。
「一緒に探してくれる?」
幼い少女が上目遣いに、瞳を潤ませていれば・・・・・・
「よし!!俺が絶対お兄ちゃんを見付けてあげる!」
大船に乗ったつもりで、と胸を張り、椿の手を取る。
その手は、兄と逸れてしまったことからくる緊張のせいなのか、ちょっぴり冷たかった。
「あ、その前に」
永久はカバンからメモ用紙を取り出して、『ツバキちゃんの兄貴を探してきます』と書き、扉の隙間に差し込んだ。
(これで良し!)
再び手を差し出すと、椿はニッコリ笑って永久の手を取った。
もうじき陽が沈む。
どれだけ町の中を歩き回っただろう。
公園、駅前、商店街、探しても探しても、椿の兄という人物は見付からない。
とうとう陽は沈み、辺りを闇が覆う。
月はなく、星も見えない。
「いないねぇ」
額にじっとりと浮かんだ汗を拭って、椿に振り返る。
「ねぇ」
椿はただ笑っていた。
とても涼しい顔をして。
(ぜんぜん汗かいてない?)
あと数メートルで交番に差し掛かる。
(こうなったらお巡りさんに探してもらおうか?)
そういえば、椿の兄の特徴を何も聞いていない。
「なぁ、ツバキちゃんのお兄ちゃんって・・・・・・」
「永久?こんなところで何してんの?」
突然聞きなれた声に呼ばれて顔を上げる。
交番のお巡りさんの隣にジャージ姿の大翔がいた。
「大翔こそ、交番で何してんの?何か悪さでもしでかしたのか?」
「永久と一緒にすんなっつうの」
永久が近づいてくる。
「そうだ、大翔にも手伝ってもらおう!な!」
大翔なら自分より勘がいい。
大翔が一緒に探してくれれば、すぐに見付かるさと椿を安心させようとして・・・・・・
「永久、お前一人で何してんだよ?」
永久の手は何も掴んでいなかった。
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