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第3話 始まりの朝3p

「天谷、食パン食べるか? 駅前のパン屋で買ったやつあるぜ」 「パンなんか食べてる場合か。早く着替えろよ、遅刻するぞ」 「お、天気予報、午後から雨だって、外、あんなに晴れてるのになぁ、傘持ってくか?」 「テレビ、消せよ、もう着替えろ、日下部」 「大丈夫だって、自転車で飛ばせば十分で学校着くからさ、お前も乗せてやるから。パン、天谷の分も焼いてやるな、目玉焼きのっけよう」  のんびりとしている日下部の様子に天谷はやれやれとため息をつく。 「あ、ベーコンある。ベーコンも焼こ。お、レタスも少しあるな」  冷蔵庫を開けて喜んでいる日下部に、勝手に焼いてろよ、と天谷は言う。  天谷はすっかり支度を終わらせていて、ソファーに座ったまま日下部を見ていた。 「天谷、さっきからなんだよ、ずっと俺のことを見てさ、あ、俺が着替えるところが見たいとか?」  両手に卵とベーコンを持ちながら、日下部がニヤリと天谷に笑いかける。 「ば、ばかっ、そんなわけあるか! お前、何考えてんだよ! ばか! ばか!」  そう言う天谷の顔は、火に当たったように赤い。 「怒るな、冗談だ。ちゃんと支度するから待ってて、遅刻はしないから」  日下部は笑う。 (ふんっ!)  天谷は頬を膨らませた。  テレビから女性キャスターが今日のトピックを伝える声が聞こえる。 『今日のトピック、大型温泉施設、突然の閉鎖について……』 「この温泉、大学入ったら、休みに泊まりで一緒に行こうって言ってたやつだよな、屋上から見える月が綺麗って評判だった、閉鎖だって、残念だな」  日下部が目玉焼きとベーコンを焼きながら言う。 「ああ、そんな約束してたっけか。ここの温泉のことだったんだ」  天谷はテレビに映る閉鎖されるという温泉施設の映像を横目に見る。  都会の、高いビルの中にある温泉施設で、屋上の大浴場が評判であったようだが、昨日、閉鎖されると発表があったようだ。 (温泉の約束とか、忘れてた。ヤバイな、俺)  天谷はテレビから視線を移し、日下部の背中を見る。 「なあ、日下部」 「ん?」 「ごめん」 「は、何、謝ってんの? あ、もしかして温泉の約束、忘れてたとかかぁ?」 「ごめん」 「はは、マジか。罰金だな」 「ごめん!」  オーブトースターが音を鳴らす。 「パン、焼けたな、食おうか、天谷」  日下部が笑って振り返った。  日下部と天谷の乗る自転車は、スピードを上げて坂道を下っていた。 「なぁ、日下部、約束忘れてたこと、本当に怒ってない?」  日下部にしがみつく天谷の腕の力が強まる。 「本当に怒ってないよ。温泉は閉鎖されちまったしさ、だから、また別の約束をしたらいいし、なっ」 「……うん」 「それにしても、天谷さぁ」 「え、なに?」 「俺との約束は忘れるのに、学校の講義のことは忘れないんだな」 「うるせぇよ!」  天谷が日下部の背中に頭突きをする。 「ぐあっ、ちょ、痛え! お前、危ないよ! 自転車から落とすぞ!」 「ふん」  天谷は口を尖らせた。  大学の門の前で日下部は自転車を止める。 「グループチャット入ってる。ちょっと待ってて」  日下部はジーンズのポケットからうるさく鳴っているスマートフォンを取り出す。 「浅山からだ」 「浅山って誰?」  天谷が日下部のスマートフォンを覗き込む。 「天谷さ、マジかよ。浅山、この前お前と話したろ。同じ講義取ってるやつだろ」 「覚えてない」 「お前、それだから……あっ!」  日下部が上げた声の大きさに天谷の体がビクリと振るえる。 「天谷、残念なニュースだ」 「何?」 「ん」  日下部が天谷にスマートフォンの画面を見せる。  天谷はグループチャットの浅山からのメッセージを読んだ。 『今日、講義休みなの忘れてて間違えて学校来ちまったわ。なぁ、暇してる奴いたらこれから遊び行かね?』 「天谷、講義は無い。俺たちも浅山と同じ穴の狢だ」 「同じ穴の狢という言葉が今の俺たちに当てはまる言葉として正しいのかはわからないが、色々悪かったな、日下部」  晴れていた天気が急に曇りだした。  午後は雨になりそうだ。  日下部と天谷は傘を持っていない。

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