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第4話 始まりの朝4p
「えっと、どうしよう」
日下部はスマートフォンの画面と天谷とを交互に見て言った。
「ああ、いいよ、浅山と遊び行ってきたら? 俺、昨日の服のままだから、着替えなきゃ、だから家に帰るし」
天谷は平然として言う。
「いや、でも、天谷」
「いいって言ってるじゃん、俺、家帰るから」
「でも」
「本当、俺の事はいいからさ、せっかく誘ってくれた浅山にわるい……」
「いや、あのさ、天谷」
天谷の話を遮り、日下部が言葉を紡ごうとしたその時、「お、日下部じゃん!」と誰かが日下部に声をかけてきた。
日下部と天谷が声のする方を振り返ると、そこには、浅山の姿があった。
「日下部、あ、天谷もいるじゃん。二人とも、ここで何やってんだよ?」
「いや、俺たちも講義無いのを忘れてて学校来ちゃってさ」
浅山の問いに、癖のついた髪に触れながら答える日下部。
「そうだったん? お前らも間が抜けてんなぁ!」
「お前には言われたくねぇよ」
日下部は笑いながら言う。
「ははっ、だな。なぁ、日下部、グループチャット読んだよな、遊び、行くだろ?」
「ううーん、えっと……」
日下部は苦笑いを浅山にして見せてから、天谷に視線を移す。
天谷はハッとした顔で日下部と浅山を見る。
天谷は明らかに気まずそうな顔をする。
浅山は、そんな天谷を見て明るくこう言った。
「天谷、お前も一緒に遊ばね?」
「え」
天谷の体が震える。
「カラオケ行く予定なんだけど、戌井と鵜飼、江波に小宮も誘ってるんよ。天谷も来いよ」
「えと、俺は……」
言葉を詰まらせる天谷に、浅山は不審そうな顔をする。
スマートフォンが震える音がする。天谷のスマートフォンだ。
「あ、ごめん」
天谷は慌ててスマートフォンをリュックから取り出して、ごめんと繰り返し浅山と日下部に謝りながらスマートフォンの画面を見る。
「メール来てる。あ、えーっと、友達から。なんか、図書館一緒に行こうって、世界史の講義の調べ物したいから、俺も一緒にって……」
天谷が早口でそう言うと、浅山が「え、だから?」と言う。
「え、あ、ああ。ああだから、うん、俺、図書館行くわ、カラオケも苦手だし。浅山、日下部、ごめん、また、誘って?」
「え、ええっ? 天谷?」
日下部がひっくり返った様な声を出した。
天谷は、長い前髪をいじり、顔を少し隠してから「じゃあ、俺、行くわ」と言って、日下部と浅山に背を向けて早足で歩いた。
天谷の背中に、天谷を呼び止める日下部の声と、またな! と叫ぶ浅山の声がおぶさる。
「なぁ、天谷のやつ、昨日と同じ服だったよな、朝帰りってやつ? あいつも中々やるよな。さっきのメール、彼女じゃん? 会いたいとか連絡来たんじゃね?」
クククッと笑いながら言う浅山に、日下部は「彼女とか、そんな訳あるかよ!」と怒鳴った。
日下部に背を向け、一人坂道を登る天谷の足取りは重かった。
(はぁっ、俺って最悪。もっと違う態度が出来なかったかな。日下部と浅山、気を悪くしたよな)
天谷は、憂鬱気にため息を吐き出した。
天谷のスマートフォンが鳴る。見ると、日下部からメールが入っていた。
『天谷、大丈夫? なんか、ごめん、怒らせた?』
日下部からのメッセージに天谷は素早く返信する。
『怒ってない。遊びの誘い断ってごめん』
日下部から直ぐに返信が来る。
『謝るな。怒ってなくて良かった。なぁ、さっき言ってた友達って誰?』
天谷は直ぐに返信する。
『不二崎ってやつ。お前が知らないやつ。世界史で知り合った。お前、世界史の講義取ってないから顔も知らないだろ』
『そか』
『そうだよ』
『お前に友達とか、ビックリした。友達出来たとか聞いてない』
『失礼! 失礼! わざわざ言うことか?』
『はは。なあ、天谷、そういえば、お前、初めてうち、泊まったよな』
『そだな』
『じゃあ記念日だな』
『なんの?』
『俺たちが付き合いはじめて天谷が初めてうちに泊まった記念日』
天谷の手が止まる。
天谷の顔が赤い。
鳥の飛び去る音がする。
雨が降り出した。
天谷の顔に雨が落ちる。
「冷たっ!」
天谷は指で雨を拭った。
終
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