14 / 245
第13話 天谷雨喬の人間関係4p
天谷はヤンキーな彼女とぎこちなく会話をしていた。
ヤンキーな彼女はだいぶおしゃべりであった。
「てっきりさ、日下部はアンタと一緒にいるんだと思ったら、別行動とはね。なんか、一人の時に話しかけて悪かった?」
「いや、そんなことはないけど」
「なら良かったけどね。あれさ、天谷、確か日下部と小宮と同じ高校だっけ?」
「そうだけど」
「日下部って高校の時からあんなバカだったのかよ?」
「ああ、そうだったかな」
ヤンキーな彼女は、ははっ、マジかと機嫌よく笑った。
天谷は少しもおかしい気持ちになれなかった。
(うっ、なんか気まずいな。こいつが俺の名前を知っているのに俺の方はこいつの名前を全くわからないし。ああ、こいつ、早くどっか行ってくれないかな)
天谷は、ヤンキーな彼女に気付かれぬようにこっそりとため息を吐く。
ヤンキーな彼女の話題は日下部のことばかりだった。
「日下部が」
「日下部は」
「日下部って」
で始まる話しばかりだ。
「なぁ、日下部が……」
「え、また日下部の話し? 他に無いわけ?」
天谷に言われてヤンキーな彼女は、みるみると頬を赤らめた。
「な、な、何言ってんだよ! たまたまじゃん! もう、からかうなよ!」
ヤンキーな彼女は耳が痛く鳴るくらいに怒鳴る。
「な、なんで怒るんだよ!」
天谷はヤンキーな彼女の怒り心頭ぶりに戸惑う。
「は、はぁーっ? べべべっ、別に怒ってなんかないよ! 日下部の話しばかりもしてねーし!」
「いや、してるだろ。お前の話し、日下部、日下部、日下部オンリーだろ!」
「はぁ? 違う! 違うっ! ああーっ、もうっ! あ、つーか……そう言えば、さっきから気になってたんだけどさぁ、アンタ、もしかして、アタシの名前、覚えてないんじゃねーの?」
ヤンキーな彼女が話をすり替えるように図星を突くことを言う。
天谷は気が動転した。
「はっ、はぁ? そ、そんなことないから! お前、何言ってんの!」
「だって、さっきからアンタ、アタシのこと、お前、お前ってさ、ちっとも名前が出てこないじゃない!」
「え、それは、その、たまたまだよ」
「ふーん、たまたま? じゃあ、アタシの名前、言ってごらんよ!」
天谷は言葉が出てこない。
ヤンキーな彼女は呆れている風だった。
「嵐」
「え?」
「アタシの名前。嵐、嵐糸。覚えるんだよ」
そう言って嵐は天谷にウィンクした。
「おっ、嵐に天谷か、珍しいカップリングだな」
そう二人に呼びかけたのは小宮だった。
「おっす、小宮」
嵐が片手を上げて言う。
天谷も片手を上げて小宮に挨拶した。
「こんなとこで二人でなにやっとるん? 日下部はいないの?」
小宮は二人に近づきながら辺りをキョロキョロと見回す。
「あいつはいないよ、小宮、日下部に用事?」
天谷は、きな粉パンの残りを口に入れようとしながら言う。
「いや、日下部が天谷のこと探してたからさ」
その台詞を聞いた天谷の片方の眉がピクリと上がる。
「日下部、今、どこにいるの?」
嵐が小宮に聞く。
「しらんよ。さっき電話入って、天谷見てないかって。天谷、日下部にここにいること連絡してやったら?」そう言って小宮は天谷を見ると、天谷が手に持ったきな粉パンに目を止め「お前、もしや、昼飯、そのパンだけ?」と、きな粉パンに指を指した。
天谷は首を振った。
「ううん、牛乳もあるよ」
「ちょ、パンと牛乳だけかよ、育ち盛りだぞ、もっと食わないと」
「余計な心配するなよ。これ以上育たなくていいし。いや、なんか、売店行ったんだけど、もうこれしか残ってなくてさ、食欲も無いし、別にこれだけでもいいかなって」
「あかんでしょ。あ、俺、チョコレート持ってるぜ、食うかい?」
小宮がジャケットのポケットを探る。
「げげっ、ジャケットに入ってたチョコとかなんか溶けてそうで嫌だな。甘いものそんな好きじゃ無いし、いいよ」
天谷は渋い顔をして断った。
「あ、あのさ、このおにぎり、よかったら食べる?」
嵐が小さな声で言って、天谷に、おずおずとおにぎりを差し出した。
ともだちにシェアしよう!