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第14話 天谷雨喬の人間関係5p

 嵐の手のひらに乗ったラップに包まれたおにぎりを見て小宮から歓声が漏れる。 「へーっ、これ、ひょっとしなくても嵐の手作り?」  中身は知れないが、綺麗な三角形に握られた、のりのついたおにぎりだ。  実に美味そうに握られている。 「まぁね。いや、なんか作りすぎちゃってさ、日下部のやつにやろうと思ったんだけど、アイツいないし。天谷、よかったら食べたら?」  照れ臭そうに言った嵐の台詞に、天谷と小宮が顔を見合わせる。 「え、これ、日下部のために?」と声を合わせて言う二人に、嵐は慌てて、違う違う、と手を振って言った。 「いや、違うから! 日下部のためのわけないじゃん、ちがうっての! いや、ほら、アイツさ、なんか、いつも飯食った後もお腹空いたとか言ってるじゃん! だから、たまたま持って来たこれをやろうと思っただけで、アイツのためにこれ作ったとかじゃないから。アンタたち、マジ、誤解しないでくれる?」 「ふぅーん」  小宮がニヤついた目で嵐を見る。 「ちょ、小宮、なによ、その目は! 本当に日下部のために作ってないから……天谷、ほら、これ、食べなよ!」  真っ赤になりながら天谷に手作りおにぎりを進める嵐。 「えっ、ええと……」  天谷はおにぎりと嵐の顔を交互に見る。  天谷は正直に言って困っていた。  どうやら、このおにぎりは嵐が日下部のために作ったらしいことは嵐の態度から明白であるし、それに、天谷は、実は他人が作った物を食べられなかった。  他人の手作り料理を食べられないと言う点については、日下部の手作りの朝食は平気で食べているという矛盾に、この時、天谷は気付いていなかった。 (ど、どうしよう。このシュチュエーションで女子の手作り料理を断るとか、そんなスキル俺に無いし。嵐におにぎりを日下部に持っていくように言う? 俺、手作り食べられないって言う? どっちもこのタイミングで違うだろ! ひいっ、たっ、た助けて!)  天谷は心の中で神に助けを求めた。  そんな天谷の気持ちを知ってか知らずか、小宮が助け船を出した。 「嵐、これ、俺にちょうだい!」  ニンマリしながら言う小宮。 「え? 小宮に? いきなりなに?」 「だって、超美味そうじゃん! くれよー! 嵐さまぁん」  小宮はくねくねと変な動きをしながら嵐のおにぎりに手を伸ばす。 「きゃぁ! ちょっと! い、嫌だね。アタシは天谷にあげたいんだよ!」 「きな粉パン食った後におにぎりはどうなのん? 俺様が美味しく頂いてやるから渡せよぅ!」  小宮が嵐の手からおにぎりを奪おうとする。  嵐は全力で抵抗する。 「はぁ? ちょっと、手、離してよ! アンタにやるくらいなら、日下部に持って行くっての!」  その台詞を聞いて、小宮がくねくねした動きを止める。 「あ、そ、じゃあ、日下部んとこ一緒に行こうぜ。あいつ、いつもお腹空かしてるから、きっと喜ぶよ。どこにいんのか日下部にグループチャットで聞いてやるから」  小宮は嵐の額を軽く人差し指で弾いて言った。  嵐は「……あ、うん」と小さく頷いた。  小宮はスマートフォンで日下部に連絡を入れながら天谷に、「お前も来る?」と尋ねる。  天谷は少し考えて、「いいや」と答えた。 「んーっ、なぁ、天谷、お前、日下部となんか喧嘩とかしてる?」  小宮はスマートフォンを見たまま天谷に聞く。  嵐が小宮の台詞に少し心配そうな顔をして天谷を見た。 「してないよ。今、これ、読んでるから」  天谷は地面に置いたままでいる小説を指差す。 「本、ねぇ……ま、そゆことで、日下部には、そう言っとくな、天谷はお前より本が大事らしいってさ。じゃ、俺たちいくわ」  そう言って小宮は天谷の髪を、くしゃりと撫でた。 「髪、よせよ。俺と日下部のこともほっとけ。じゃあな」 「じゃあ、またな!」  小宮が天谷の髪からそっと手を放し、そして背を向けて離れる。 「またね、天谷」  嵐も天谷から離れた。  嵐と小宮が去った後、天谷はきな粉パンと牛乳を片付け、小説を二、三ページ読んだ。  空が青い。  天谷のスマートフォンが音を鳴らす。  天谷は膝を抱えて、スマートフォンを眺めた。  天谷は目を閉じて、ただじっと、スマートフォンの鳴る音を聞いた。

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