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第15話 天谷雨喬の人間関係6p
『なぁ、日下部、俺に好きって言ってよ、今……欲しいからっ……』
この言葉に、彼はなんと答えたのだろう。
天谷は隣に、人の気配を感じていた。
(日下部?)
天谷は目を開いた。
天谷の横にいたのは日下部では無かった。
不二崎史朗。
天谷の友人である。
不二崎は天谷の隣に座り、静かに、天谷の小説を読んでいた。
不二崎は、天谷が目を覚ました事に気付くと、その女の子のように可愛らしい顔を天谷に向け、男らしいハスキーボイスで、「おはよう」と言った。
「おはよう」
天谷は目を軽くこすって不二崎に言う。
不二崎は、小説を閉じ「雨喬、この小説、面白いね。今度貸して?」と天谷に手渡した。
天谷は受け取って、「いいよ、史郎」と言った。
不二崎は、天谷のことを、この世で唯一、下の名前で呼ぶ他人である。
不二崎の方が天谷を下の名前で呼ぶものだから天谷も不二崎を下の名前で史朗と呼んでいる。
「雨喬、よく寝てたね。寝言言ってたよ」
「え、ほ、本当? なんて?」
問われて不二崎は、うーむ、と、考える人のポーズを取った後、「理解不能」と一言。
「なんだよ、それ」
不二崎に寝言の内容を知られなかったと知って、天谷は何故かホッとした。
「あ、雨喬、さっきからずっと君のスマホ鳴ってたよ」
不二崎が地面に転がる天谷のスマートフォンに視線を向けて言う。
言われても、天谷はスマートフォンをただ一瞥するだけだった。
不二崎が、「いいのか?」と天谷に聞く。
天谷が、「いいんだよ、どうせ迷惑メールだから」と答えた瞬間、スマートフォンが音を鳴らした。
それを見る天谷の表情は不安を表していた。
と、不二崎が天谷のスマートフォンを手に取った。
「迷惑メールじゃないかもしれないよ。大事な連絡かも」
不二崎がにこりと笑い、スマートフォンを天谷に差し出す。
天谷は不二崎の言葉と笑顔に動かされてスマートフォンを受け取った。
スマートフォンには日下部からの電話が入っていた。
天谷は不二崎に断って電話に出る。
『もしもし?』
日下部の声がする。
「もしもし……」
『もしもし、天谷?』
「…………」
『あのさ、天谷、なんか怒ってる?』
「別に」
『なんかあった?』
「別に……」
『今、話せる?』
天谷は不二崎の顔を見た。
「今、友達と一緒だから無理。電話、切ってもいい? お前とは、また午後の講義で会うし」
『あの……嵐と小宮と学校終わったら買い物行く事になって、嵐が絵の具買いたいんだって。お前も欲しいって言ってたからさ、お前も一緒にどうかなって、思ったんだけど』
電話から小宮と嵐の話し声が漏れて聞こえる。
日下部が、お前ら、静かにしろよと叫ぶ声がする。
『悪い、あの……』
「うん、買い物……そうなんだ。あの……後で返事するから、いい?」
『……わかった。後で』
「うん」
『あのさ、天谷』
「ん?」
『なんでもない、またな』
「ああ」
天谷が電話を切ると、不二崎が、よかったの? と天谷に聞く。
何が? と肩をすくめて見せる天谷。
「友達とちゃんと話ししなくてさ」
「いいんだ」
天谷は頷いた。
(あいつは友達ではないんだ)
「……そう。あ、雨喬、猫! 猫いる!」
「へ?」
天谷と不二崎の隣に、黒猫が座って顔を舐めていた。
天谷は不二崎と黒猫と、のんびりと休み時間を過ごした。
天谷は大学が終わるまで、結局は一度も日下部と会話らしい会話をしなかった。
日下部は天谷と話そうとしたが、天谷は逃げてしまった。
『天谷、あのさ』
『そろそろ講義始まるから、後で』
『天谷、話しあるんだけど』
『ごめん、トイレ行っくる、後にして』
『じゃあ、俺も一緒にトイレ行くよ』
『一人で行けるし!』
『天谷、買い物のことだけど』
『俺、行かない。なんか頭痛くて、朝からなんか……あ、だから、ちょっと一人にしてくんないかな』
『大丈夫か?』
『大丈夫だから、向こう行ってろ!』
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