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第19話 毒3p

 日下部はホットケーキミックスの箱に書いてある材料をボールに入れると、それをかき混ぜるように天谷に言った。  天谷は日下部に言われるままに、泡立て器でボールをかき混ぜる。  しかし、この役は、天谷は適任では無かった。  彼はあまりにも不器用であった。 「天谷、かき混ぜるの、下手すぎだろ。泡立て器と一緒にボールの方も回ってるじゃん。もしかして、ふざけてる? 両手で泡立て器使うなよ」  日下部はクルクルと回るボールを片手で押さえた。お陰でボールが安定し、かき混ぜやすくなって天谷はしっかりと泡立て器を使う事が出来た。 「ありがと。こういうの、久しぶりでさ。俺、料理しないから、なんかわからなくて」  天谷は素直に礼を述べ、泡立て器に力を入れた。 「料理しないって、全く?」 「あー、ご飯はちゃんと炊いてます。おかずもゆで卵くらい茹でるし」 「あ? ご飯とゆで卵で飯食ってんの?」 「たまに」 「まじ? お前って……」  日下部は天谷の顔を、眉をひそめて見る。 (冗談で言った台詞に冗談が返ってこないとか、天谷のやつ、まじかよ) 「なんだよ、日下部、変な顔して」 「何でもないよ。天谷、それ、もういいんじゃない? だいぶ混ざってる」 「お、そう? じゃあ、焼く?」 「ああ、お前、焼いてみる?」  言いながら、日下部はすでに温めていたフライパンにサラダ油を引く。 「いいの?」  天谷の目が輝いた。 「おい、喜ぶか? お前、子供みたいだなぁ」  天谷におたまを手渡して日下部が言う。  天谷は「失礼だな、まあ、好きでもないホットケーキを作るわけだからせめて楽しく作くらないと」と言って、おたまでホットケーキミックスをすくうと、熱々のフライパンにそれを流し入れた。  ジジッと生地の焼ける音がした。 「好きでもないもの作らせて悪かったな。あ、そういえば、お前、なんで甘いもの苦手なんだよ。食べられないわけじゃないんだろ?」  日下部が何気なく言った。 「あー、だってさ、甘いものって毒じゃん」  天谷も何気ない風に言った。  部屋にホットケーキの香りが広がる。 「そりゃ、食べすぎたら毒だよな、あっ、もうひっくり返さないと」  日下部に言われて天谷はフライ返しを急いで手にしてホットケーキをひっくり返した。  天谷はうまく返した。 「おっ、いい色じゃん!」  日下部がニンマリする。 「甘いものが毒とか、都市伝説の一つだ。気にせず食べてろ」  日下部は天谷からフライ返しを取ると、フライ返しを使って裏をめくって見ながらホットケーキの焼き具合を確かめる。  その様子を見ながら天谷が、「いやさ、母親がさ、母親って言っても継母なんだけど……」そう言った。 「継母?」  日下部は天谷の顔を横目に見る。  天谷は焼けるホットケーキを見ながら話を続ける。 「うん、継母。それがさ、俺が子供の頃、いたずらとかするとさ、毒の入った瓶を出してきて、言うんだよ、悪いことした罰にこれを舐めろ、ってさ」 「どくぅ?」  日下部は腹の底から声を出した。  天谷は淡々と話を続ける。 「うん、毒。その毒さ、しばらくの間気付かなかったんだけど、実は単なるメープルシロップでさ。でも、俺はそうとは知らずにずっと舐めていたわけじゃん、毒をさ。それで、毒と思っていた物が本当は毒じゃなかったと知った後もさ、なんかトラウマになったらしくて、甘いもの食べると、時々、なんか、うわぁーっ……てなるんだよ」 「はぁ? うわぁーっ……て?」 「うん、うわぁーって。これ毒、うわぁーって。それで、俺は、甘いもの苦手なわけよ。うわぁーってなるから」 「その、うわぁーってどれくらいヤバイやつ?」 「ああ、レベルで言ったら88くらいヤバイやつ」 「強いな」 「99ではない強さだが」 「天谷、さ、その毒の話、ホットケーキ焼く前に聞かせて欲しかったわ」 「だよな。なあ、日下部、ホットケーキ、焦げてるぜ」 「え?」 日下部は焦げたホットケーキの匂いを嗅いで唸った。

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