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第20話 毒4p
天谷と日下部は、二枚目のホットケーキを焼き始めていた。
天谷はフライ返しを握りしめて、ホットケーキを裏返しにするのをスタンバイしている。
(さっきの天谷の毒の話、正直、ちょいハードだったわ)
日下部は冷や汗を拭うと天谷をチラリと横目に見た。
天谷はホットケーキ作りに集中していた。
メガネに油がついたらしく、天谷はメガネを外してシャツの裾にレンズをこすりつけた。
その間も、天谷は、ぼやけた視界でホットケーキを捉えている様だった。
(気にしてるのは俺の方だけか? この後、どんな会話したらいいわけ?)
日下部は、天谷に聞こえないよう、小さく唸る。
「なぁ、日下部、さっきの俺の話、もしかして引いた?」
突然に天谷が日下部の顔を見て言う。
二人の目が合う。
「ええっ?」
日下部は何と答えたらいいのかわからずに天谷から視線を逸らす。
「なんか、ごめんなさい」
天谷が謝った。
「ええっ?」
しおらしい天谷に、日下部は戸惑いを隠せない。
(こいつ、普段憎まれ口ばかりなのに、どうしたんだよ? やっぱり、継母の話題がタブーだったとかか? いや、でもこいつの方からした話だぜ……ああ、きっかけは俺か? うっ、だめだ、この空気、耐えられねぇ。なんとかせねばだ)
日下部は、気合いを入れるように小さくガッツポーズをする。
「あの、日下部?」
「え、ああ、だっ、大丈夫。引いてないし、謝ることもないよ。あ、ホットケーキ、もういいんじゃないか?」
「うん。……ひっくり返す」
天谷はフライパンとホットケーキの隙間にフライ返しを滑り込ませる。
そして……そして、天谷はそのまま固まった。
「おい、どうしたよ? 早くひっくり返す!」
日下部はそう言うが、天谷はフライ返しを持ったまま動かない。
そんな天谷に日下部は戸惑う。
「なぁ、天谷先生、固まっちゃって、どうしたんだよ? マジでひっくり返さないと焦げるぜ」
「いや、どうやってひっくり返すのかなって」
天谷の台詞に日下部の眉が上がった。
「え、マジで言ってんの? ホットケーキの生地をフライ返しで持ち上げて、裏に返す、簡単だ。やれ、早く!」
「で、出来ない!」
「はぁ?」
「だって、俺、こんな……実は初めてかも。いきなり、無理……かも」
泣きそうなトーンの天谷の声に、日下部はハッとした。
「大丈夫だから、ゆっくり……上げて」
日下部は急に、優しい声色で言う。
「……うん。ドキドキする。上手くいくかな」
天谷はゴクリと唾を飲み込む。
「大丈夫だから、そう緊張するな。ゆっくり」
日下部のそう言う声は実に優しい。
天谷は日下部の言う通り、ゆっくりとホットケーキを持ち上げる。
「ほら、もっと高く上げて」
「あ、うっ、こう?」
「もう少し上げて」
「ううっ、怖いよ」
「大丈夫だから……もっと」
「こう?」
「いいよ。……はーい! 今だ! 一気にドーン! ひっくり返す!」
「ドーン! っつ、いっ! あっ、ああっ、熱!」
天谷はフライパンの持ち手に手をぶつけた。
熱々のホットケーキが天谷の足の上に落ちた。
「お前、不器用の極みかーっ!」
日下部が叫ぶ。
「ごめん」
天谷の顔は暗い。
そんな天谷を見て日下部は焦った。
(しまった)
天谷はしょんぼりとしてホットケーキを拾おうとした。
日下部は素早く代わりに拾うと「俺こそごめん。えーと、次は俺が焼くから、天谷は見てな」そう優しく言った。
「うん」
天谷は少し笑った。
日下部はチューブに入った蜂蜜に手を伸ばすと、天谷に、「ちょっとどいて」と言って、代わりにフライパンの前に立ち、蜂蜜の蓋を開け、チューブを搾り、フライパンの上に蜂蜜を垂らしていく。
「え、日下部、なにしてんの?」
「まあ見てろよ」
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