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第21話 毒5p
日下部は蜂蜜を垂らし終えると、しばらく様子を見てから、ホットケーキの生地をフライパンに流した。
それをしばらく焼いて、生地が少し膨らんでくると、日下部は天谷に、ちょっと目を瞑ってて、と言った。
「え、何で?」
「いいから、いいから、少しだけだよ」
「えーっ、……わかった」
天谷は、両目をギュッと瞑る。
日下部は天谷が言われた通りに目を瞑っていることを確かめると、フライ返しでホットケーキをひっくり返し、またしばらく焼いた。
そして、フライ返しで裏をめくり、焼き具合を確かめ、フライパンを持ち上げて、フライパンから皿にホットケーキを移した。
「天谷、もう目、開けていいよ」
「うん」
天谷が目を開く。
目を開けて、皿に乗ったホットケーキを見た天谷から感嘆の声が上がった。
ホットケーキに可愛らしい、うさぎの絵が描かれていたのだ。
「何これ、すげー!」
喜ぶ天谷に日下部は満足そうだった。
「蜂蜜を熱したフライパンに垂らして、少ししたら生地を入れて焼くと蜂蜜のとこが焦げてさ。ホットケーキが出来上がると、蜂蜜でうさぎを描いたとこだけ、焦げて残んの」
「ふぅん。このうさぎ、いい感じ。日下部ってこう言うイラスト描くの上手いよな」
「そうか? あ、お前もなんか描く?」
「うん!」
天谷は日下部に向かって極上の笑顔を見せる。
天谷の笑顔に日下部はホッとした。
(よかった。こんな風に笑ってくれたなら……)
日下部は、不意に天谷の髪に手を伸ばそうとして、でも、何だか照れくさくなり、止めて、代わりに天谷に向かって微笑んだ。
「なんだよ、その微妙な笑顔」
天谷はそう言う。
日下部は、別に、と、やはり笑顔で答えた。
「よし、気合い入れて描くぞ!」
天谷はそう言って日下部の顔をじっと見る。
「な、なんだよ」
いきなり見つめられて、日下部は天谷から目を逸らそうとする。
「あ、バカ、動くなよ。そのままじっとしてろ」
「なに?」
「いいから! 動くな!」
「う、なんだよ」
日下部はたじろいだ。
天谷は少しの間、日下部を見つめた。
日下部の息がつまる。
天谷の顔が近い。
日下部は息を止めて天谷に見られていた。
天谷は一つ頷くと、日下部から視線を外す。
日下部の呼吸が一気に戻る。
「なんなんだよ、天谷」
「うるさい、黙れ!」
天谷はチューブを握りしめて、フライパンに蜂蜜を落としていった。
「お、なに描くの?」
日下部の質問に、天谷は「秘密」と答える。
天谷は集中して蜂蜜をフライパンに落とした。
「よし、日下部、ホットケーキの生地入れて」
言われて日下部は急いでフライパンにホットケーキの生地を流し入れる。
日下部が生地を流し終えると、天谷は両手を、音を立てて合わせて「上手くできますように」と言った。
フライパンのホットケーキはそろそろ返し時の頃合いだ。
天谷は日下部にフライ返しを握らせると、「ひっくり返して」と、頼む。
またホットケーキを落とされては大変だと、日下部はそれを引き受けた。
日下部は素早くホットケーキを裏に返した。
「これ、もしかして、俺?」
裏返したホットケーキには、日下部の似顔絵が描かれていた。
「どうよ」
少し恥ずかしそうにして天谷が言う。
「これ、描くために、さっき俺のこと見ていたわけか。天谷、相変わらず、人物描くの、上手いな。でもこれ、ちょい劇画タッチだな、てか、ホラーちっく?」
「そうか? さっきまでホラー観てたからかな? これ、上手く焼けたら日下部のな」
「お、じゃあ心して焼くか」
日下部は左の口角だけを上げてニヤリとするとホットケーキを焼くことに集中した。
「上手く焼けた」
日下部はホットケーキを丁寧な動作で、フライ返しで新しい皿に乗せる。
テーブルに、うさぎと日下部の似顔絵と、二枚のホットケーキが仲良く並んだ。
「なんか、楽しいな」
天谷が二つのホットケーキを見て言った。
「だな」
日下部が頷く。
日下部は笑っている。
日下部の顔を見て、天谷も笑う。
「そうやって笑ってろよ」
日下部が言う。
「えっ、何て?」
天谷が言う。
「何でもない」
日下部が笑って言った。
二人は八枚、ホットケーキを焼いた。
そのうちの一枚を天谷は食べた。
「天谷、ホットケーキ美味しい?」
「甘い。毒の味がする」
終
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