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第22話 恋に恋するでもない話1p
これは日下部 光平 の見る夢の中。
日下部は天谷 雨喬 と手を繋いで、青空の下、錆びたレールの上を歩いている。
天谷の手はとても冷たい。
日下部は天谷に、お前の手はとても冷たいなと言う。
それに天谷は、俺は前世は魚だったから、と答える。
前世が魚だと手が冷たいのか、と日下部が聞くと、だいたいそうだと天谷は答えた。
「お前の前世が魚なら、俺の前世はなんだったんだ」
「お前は前世でも人間であったよ。俺は前世で、人間のお前に釣られて食べられたのだ。お前は俺を火でよく焼いて、美味そうだと言って腹から俺をかじった」
「そうだったのか、悪かった」
日下部は天谷を握る手に力を込めた。
天谷も日下部を握る手に力を込める。
二人は立ち止まった。
「お前を食べたこと、怒っているか?」
「前世のことだ、もう怒ってない」
「お前を食べた俺を恨んでいるか?」
「釣られたことは恨んでいるが、食べられたことは恨んでいない」
「どうして?」
「……さてね」
天谷の手が日下部から離れる。
天谷は一人で歩き出す。
日下部は天谷を目で追う。
「なぁ、日下部、俺が、もしも、お前を……」
汽笛の音がして、天谷の声をかき消した。
日下部はうるさい声に目を開らく。
「あ、起きた」
小宮一二三は日下部の顔を覗き込み、明るい声を上げた。
日下部は伏せていた上半身を起こす。
「この状況でよく眠れたな」
嵐糸が呆れ顔で言う。
「こいつは、そういうやつだ」
天谷雨喬が、こくりこくりと首を縦に振りながら言う。
日下部、天谷、小宮、嵐の四人は大学のカフェテリアでワイワイと下らない話をしていた。
そのうちに、日下部はウトウトと眠ってしまったのだった。
「バイト始めたからかな、なんか、疲れたみたいでいきなり眠くなってさ。ふぁ、変な夢を見ちまったよ」
まだ眠い日下部は、あくびを噛み殺した。
「夢ってどんなだよ、あ、いやらしいやつ?」
小宮がニヤニヤしながら聞く。
「ばか、違うよ。天谷が出てくる」
日下部が言うと、天谷の肩がピクリと動く。
「え、天谷ぁ? 日下部、お前さ、この前見たって言ってた夢も、天谷の出てくる夢じゃなかった?」
小宮が笑って言うと嵐が、「はぁ? 日下部、アンタ、そんなに天谷の夢ばかり見てんの? おかしい!」と言う。
嵐に言われて天谷が、「そ、そんなわけないじゃん! アホか!」そう言って顔を赤くする。
「はぁ、なんで天谷が否定するのよ?」
嵐は、変なやつ、と天谷の髪をガシガシとかき回して笑って言った。
小宮も笑っている。
天谷はふて腐れていて、日下部は眠そうだった。
そんな呑気な四人に、ツカツカと靴の音を響かせて彼女は近付いて来た。
ショートボブの彼女は四人の前に躍り出ると、ビックリしている四人に構わずに、大きく、少し震えた声で言った。
「あ、あ、あの、小宮くんが見せてくれたスマホの日下部くんの彼女の写真、写ってるの、この人ですよね?」
彼女は、小宮に向かって、そう言うと天谷を指差した。
彼女は小宮の知り合いらしい。
彼女は天谷を指差して鼻息を荒くしている。
彼女の質問に、小宮は彼女から目をそらし、「えーっと」と、お茶を濁している。
指をさされた天谷はもちろん、日下部、嵐は、目を丸くして彼女と小宮を交互に見る。
彼女は話を続ける。
「私、学校に彼女さんを見かけて、それもびっくりしたんですけど、それより、あの……写真ではわからなかったんですけど、この人、男ですよね?」
彼女は四人に確かめるように、言葉の最後の、ね、を強調して、四人の顔を見回した。
四人は頷く。
天谷は男だ。
「この人と付き合ってるって、日下部くんってゲイだったってこと? それとも彼女……彼が女装が趣味って、そいう話? そういうの、偏見はないですけど、私、なんだかいっぱいいっぱいになっちゃって、どうしたらいいのか、私、私……」
彼女は両手を顔に当てて泣き出してしまった。
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