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第24話 恋に恋するでもない話3p

 小宮の嘘によって生まれた、この場に漂う実に重たく気まずい空気は、日下部、天谷、小宮、嵐の四人で先刻まで楽しく過ごしていた時間がまるで全て嘘かのように四人に感じさせた。  この場には、苛立ちと、戸惑いと、不安と、後悔と、罪悪感という、ありとあらゆるマイナスの感情が存在しているようだった。  誰がどう見ても、何をしてもうまくいくように思えないこの状況の中、しかし、こんな時、自分はどうすべきかということを、小宮と榎本海だけは心得ていた。  小宮は謝罪をするということを、そして、榎本は……  榎本は、浅く空気を吸い込むと、吸い込んだ空気を少し吐き出し、そして静かに、ゆっくりとこう言った。 「あの、日下部くん、私、日下部くんが好きです。日下部くんのことが好き。あの、あの、私と、私と付き合ってもらえませんか」  榎本は日下部の顔を真っ直ぐに見て日下部に恋する思いを告白した。  榎本の体全体に力が入っている。  榎本の体はこのまま固まってしまうのではないかと思えるほどに。  榎本は、この告白は大げさではなく、一生分の勇気を出したに違えなかった。 「返事、今?」  日下部が周りをチラリと見て言う。  小宮が土下座をしていることから興味を引いたのか、日下部達の周りにはギャラリーが少しばかり出来ていた。  榎本はギャラリーを一瞥して、「今」とはっきりと答えた。 「わかった」  日下部は頷き、榎本を真面目な顔で見つめる。 「く、日下部」  嵐が小さく声を上げる。  土下座をしていた小宮が顔を上げて日下部を見る。  天谷が目を強く瞑る。  日下部はゆっくりと一呼吸して、そしてしっかりと榎本の目を見て口を開いた。 「好きって言ってくれてありがとう。でも、ごめん。付き合えないよ。ごめんね」 「……あ、そう。そう、だよね」  榎本が乾いた声で言う。  静けさが落ちる。  榎本が立ち去る。 「あ、ま、待てって!」  そう言って天谷が榎本を追いかけた。  嵐がハッとした顔をして天谷を追って走る。  三人が消えて、日下部と小宮がこの場に残された。  彼らを囲んでいたギャラリーは一人、また一人と消え、日下部と小宮以外はいつも通りのカフェテリアの風景を取り戻していく。 「立てよ」  日下部は座っていた椅子から立ち上がり、土下座したままの小宮に手を差し伸べる。  小宮は日下部の手は取らずに黙って立ち上がる。  日下部が、立ったついでに自動販売機に向かう。  日下部は自動販売機から缶のブラックコーヒーとおしるこを買った。  日下部は熱いおしるこの缶を小宮に手渡すと、テーブルに着いてブラックコーヒーの缶のプルトップを開けた。 「お前も座れよ」と日下部に言われて小宮は気まずそうに、そっと椅子に座る。  小宮が座ると日下部はブラックコーヒーを一口飲んで、その苦い味を噛み締めた。 「なぁ、小宮、さっき言ったこと、本当かよ?」  ブラックコーヒーの缶を触りながら日下部が言う。  小宮は「何のこと?」と、おしるこの缶を両手で握りながら言う。 「とぼける気か。からかうつもりで天谷の写真、彼女に見せたって、あれ嘘だろ」 「何でそう思うんよ?」 「お前、そんなやつじゃないだろ」 「はーん、日下部さんは買い被りがすぎるな」 「買い被るさ、小宮は俺のダチだろ」 「俺は、日下部が買い被るほどにお買い得な友達じゃないよ」 「なら既にお買い上げの親友だな」 「…………」 「なんで俺達の前であんなバカなこと言ったんだよ」 「話したくない」 「なんでだよ」 「だって、言ったらお前、怒るだろ」 「俺が怒るかもとか、そんなの言ってみなきゃわからないだろ。言ってみろよ、物は試しだろ」 「言ってみなきゃわからない、か……そう言うやつは大抵、話を聞いた後に怒るんだよな」  小宮はため息を一つして、プルトップに指をかけ、おしるこの缶を開けて飲んだ。  缶のおしるこは、小宮が想像していたよりも熱くて甘かった。

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