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第25話 恋に恋するでもない話4p
天谷は、走る榎本に追いつくと榎本の肩を力を込めて掴んだ。
榎本が痛いと声を上げる。
「ごめん」
謝る天谷に、榎本は興奮して、「なんで追って来たのよ!」と噛み付くように言った。
「だって、ほっとけないだろ!」
天谷は榎本の肩を掴んだままに言う。
榎本は走って上がった息を整えながら、「ほっといてよ! 私のことなんか、ほっといてよ! 勢いで告白して、あっさり振られてさ! こんな、みっともない私のことなんて追いかけてこないでよ!」そう言った。
「惨めなんかじゃなかったよ」
天谷が言う。
「嘘よ!」
榎本が肩にかかった天谷の手を振り払おうとする。
天谷のかけているメガネに榎本の手が当たり、メガネが外れて床に落ちる。
「あっ」
榎本が小さく声を上げる。
榎本の体から力が抜ける。
「お前は惨めじゃなかったよ」
天谷は榎本に視線を合わせて、出来るだけゆっくりと言った。
榎本が目を見開いて天谷を見る。
「偉かったし、すごくカッコよかったよ」
そう言って、天谷は榎本の肩から手をそっと離した。
榎本は真っ赤な目で天谷を見つめる。
「なによ、あんた、なんなの? 優しい言葉なんていらないわよ、バカ」
榎本の目から涙が溢れる。
天谷は一瞬迷った後、榎本の頭を優しくポンっと叩いた。
人気のない廊下の隅に、天谷と榎本は移動していた。
天谷は目の前の自動販売機で缶のお茶とおしるこを買うと、おしるこの方を榎本に渡した。
榎本はずっとハンカチで涙を拭っている。
「ごめん、私……」
「いいよ。……あの、大丈夫?」
「大丈夫なわけないよ。みんなの前で振られたし」
「…………」
「うっ、うぇ、黙らないでよ。まあ、たいして仲良くもない小宮くんに協力してもらって日下部くんと付き合おうとか、考えた私がそもそもバカだったのよ。自業自得よ」
「自業自得とか、そんなこと言うなよ」
「…………」
「黙るなよ」
「……これ、もらったし……飲もうかな」
榎本が、ハンカチを顔から離し、おしるこの缶を天谷に向けて無理矢理笑って言った。
天谷と榎本は並んで壁にもたれかかり、お茶とおしるこを啜った。
天谷は僅かな苦味を、榎本は強烈な甘味を味わった。
(俺は何をやってるんだかな)
天谷はぼんやりと、緑色のお茶の缶を眺めた。
「ああ、私って、何やってるんだろう。好きな男に振られて、その後で、こんなところで見ず知らずのあなたの横で、おしるこ啜ったりして」
そう言う榎本の声はもうすっかり枯れていた。
散々泣いて、涙を拭ったせいで化粧をしていた榎本の顔はくしゃくしゃになっていた。
「榎本、さん。あのさ、日下部のこと、どうして好きになったわけ」
そう言って、天谷は気まずそうに目を伏せた。
(バカ、何を聞いてんだ、俺は!)
天谷は瞼に力を込める。
「日下部くんを好きになった理由かぁ」
榎本が宙を仰ぐ。
薄暗い廊下を照らす蛍光灯がチカチカしているのを榎本は眩しそうに見る。
「……日下部くん、よく笑うじゃない。日下部くんの笑い声、私、カフェテリアでよく聞いてて。それで、私、日下部くんのこと、たまに見てて、あの笑顔、好きだなって、私にも笑いかけて欲しいなって。そう思ってたらさ、日下部くんと目が合ってね、日下部くん、私に向かって笑ってくれたんだ。それが、なんか、嬉しくて、胸が痛くなって、ああ、好きだなって……私は日下部くんが好きだなって」
榎本はそう言って、おしるこを一口、喉を鳴らしてゴクリと飲んだ。
「日下部くんと付き合えるとか、考えてなかった。日下部くんと仲良くもないし、同じ学部でもないし、仲良くなるチャンスもなかったから、ただ見てるだけ。でも、それも辛くて、講義で一緒になる小宮くんが日下部くんと仲良いから、勇気を出して日下部くんとの仲、繋いでもらおうって……派手に失敗しちゃったけど」
榎本は笑う。
天谷は榎本にどういう顔をしたらいいのかわからず黙ってお茶を啜った。
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