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第28話 恋に恋するでもない話7p
今、カフェテリアは休憩に来た学生たちで騒がしかった。
自動販売機で買ったブラックコーヒーを日下部はすでに飲み干していた。
日下部は空になった缶を片手で玩びながら小宮が肝心の話をするのを待っていた。
小宮は少し、おしるこを飲んでは甘いと言って、また缶に口をつけてを繰り返していた。
「缶のおしるこって、最後にあずきの豆が必ず残るんだよな、なぁんかイライラするわ」
小宮は缶を振る。
「だな。確か、あずきを残さずに飲める裏技があったような気がするけど」
日下部は目の前で揺れるおしるこの缶を見ながらのんびりとした口調で言う。
「マジか。ちょっと、それ、思い出してみろよ」
「無理だ。記憶の彼方だよ。スマホ使って調べた方が早い」
「えーっ、思い出せよ」
「無理。めんどくせーよ」
「ははっ、めんどくせーか」
「盛大にめんどくせー」
二人はこうやってしばらくの間、どうでも良いような話を繰り返した。
「日下部、あのな」
「うん」
「ごめん」
小宮が日下部に小さく頭を下げる。
「うん」
日下部はこくりと頷いた。
「……俺さ、榎本はさ、お前に告っても絶対に振られると思って。お前に振られたら榎本は傷付くじゃん。ならさ、告る前に諦めさせたら良いじゃんって思って」
小宮はおしるこの缶をくるくると回しながら言った。
「それで、天谷の写真を?」
日下部に言われ、小宮は頷く。
「バカなことした。榎本も、お前に彼女がいたら諦めると思ってさ、天谷の写真使って。バカな嘘ついて、余計に榎本を傷付けて」
「お前はバカだから仕方ないよ」
「失礼だな。まあ、おっしゃる通りだけど」
小宮は自傷気味に笑った。
「俺さ、日下部は、絶対にまだ誰とも付き合わないと思って。今のお前には誰が告白しても無理だって。だから、嘘をついて彼女にお前を諦めさせようとして……。多分、相手が榎本じゃなくても、俺はそうしたかも」
小宮の台詞に日下部はピクリと片方の眉を動かす。
「おい、小宮、なんで俺が彼女と付き合わないと思った? なんで、俺が誰とも付き合わないと思ってるんだよ」
そう言って日下部はブラックコーヒーの缶の飲み口を唇に当てて、そして中身が空なことを思い出して缶をテーブルに置く。
小宮は息を一つ吸い込むと日下部の問いに答えた。
「だって、お前、ずっと……ずっと綾のこと考えてるだろ。お前は綾を忘れられないんだろ」
「は? 小宮、何言って……」
日下部の視界が揺れる。
小宮は熱のこもった様子で話を続ける。
「俺だって、お前が誰か好きな子を見つけて付き合ってくれたらと思うよ。お前が誰かと幸せになってくれたらって思うよ。でも、お前、綾を忘れられないんだろ? そんなお前と榎本との橋渡しなんて出来るか? お前は榎本を大事にできないだろ! 誰も大事に出来ないだろ!」
小宮の後ろにゆらゆらと、日下部と小宮の中学の同級生、綾 弓蝶 が立っている。
日下部は綾を見つめる。
綾は微笑を浮かべて微笑んでいる。
永遠に紺色のセーラー服姿でいる綾。
冷たい白い肌の、美しい綾。
「お前は綾に取り憑かれてるんだよ!」
小宮は声を荒げる。
小宮の言葉は溢れるように止まらない。
「お前が誰かと付き合うんなら、まだ、嵐とか根性あるやつとの方が……」
『日下部くん、私と一緒に遊びましょう』
綾が甘い声で日下部を誘う。
綾の白い腕が日下部へ伸びる。
「もうわかった。話は終わりだ」
はっきりした声でそう言って日下部は勢い良く立ち上がった。
日下部が立ち上がった瞬間に綾は消えた。
「小宮、余計なお世話はもうよせな」
日下部は優しくそう言うと、お茶の空き缶を手に取り、小宮に背を向けて歩き出す。
「日下部、どこ行く気だよ」
小宮は日下部の背中に言葉をかける。
日下部は一度、立ち止まり、「天谷んとこ。後でな、小宮」そう、小宮を振り返らずに言った。
日下部は歩きながらゴミ箱に空き缶を放り投げ、カフェテリアを去った。
残された小宮はおしるこを一気に煽ると、強烈な甘さを嚙み殺し、ため息を吐いて宙を仰いだ。
(天谷……天谷に会いたい)
日下部は天谷を強く思って足を早めた。
小宮の話も、綾のことも考えないようにして、天谷のことだけを思って、日下部は天谷を探した。
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