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第29話 恋に恋するでもない話8p

 日下部は、天谷にどこにいるのかを聞こうと電話とメールをしたが、天谷とは結局は連絡が取れなかった。 (あいつ、どこにいるんだよ)  廊下を移動しながら日下部は天谷を探して辺りをキョロキョロと見回す。  しかし日下部が、どこを見ても天谷の姿は見えない。 「日下部!」  不意にした自分の名前を呼ぶ声に、日下部はその声のする方を見た。  声の主は嵐だった。  嵐は息を切らして日下部に走り寄る。 「日下部、どうしたの? 小宮は?」  嵐は目をぱちぱちと動かして、日下部がここにいるのがまるで信じられないという風な様子だった。 「小宮は、多分まだ一人でカフェテリアにいるよ。俺は天谷を探してる」 「え、天谷を?」 「嵐は天谷と一緒じゃなかったんだな」 「う、うん。天谷と、あと……あの子、ここまで追いかけたけど、見失っちゃってさ。アタシ、天谷のアドレス知らないから電話も出来なくて……でも、この階にいると思うからもうすぐ見つかるはずだけど」 「そうか、俺も一緒に探す」 「え、日下部、それはダメだよ。天谷は多分あの子と一緒だろ。あの子の気持ち考えたら、さっき自分を振った男の姿なんて今見たくないはずでしょ。アンタが一緒に来るのはダメだよ」  嵐は真面目な顔でそう言った。  日下部は嵐の話にハッとした。  嵐の言う事は最もであった。 「そんなこと思いもしなかった。俺はダメなやつだな」  日下部がしょげた声で言うと、嵐が言葉を一度詰まらせてから、「そんなこと、ダメなやつなんてそんなことないよ……なあ、日下部、天谷に何か大事な用事?」と言った。  日下部は、少し間を開けてから頷いた。 「……日下部、私が一人で、あの二人を探して見つけるから。それで、天谷にアンタのトコに行くように言うよ。だからさ、ね、ここで待っててよ。必ず天谷を連れて来るから」  ね、と嵐は言う。  日下部は考える顔をして、頷いた。 「嵐、頼めるか」 「任せときなって! じゃあ、アタシ、行くね。待ってて、日下部!」  そう言って嵐は日下部に手を振ると早足で去って行く。  一人になると日下部は頭に手を当てて深いため息をついた。 (俺、何やってんだ。あの子のこと、何にも考えてなかった。最低だな)   すれ違う学生たちの楽しそうな顔を見ないようにして、日下部は壁にもたれかかり目を伏せる。  その途端に日下部の頭の中に先程のカフェテリアでの小宮の台詞が浮かぶ。 『……お前、綾を忘れられないんだろ? そんなお前と榎本との橋渡しなんて出来るか? お前は榎本を大事にできないだろ! 誰も大事に出来ないだろ!』  日下部はその台詞を打ち消すように頭を横に振る。 (そんな訳ない。誰も大事に出来ないなんて、そんな訳ない)  日下部の横を、笑い声を上げながら学生のグループが通り過ぎる。  嵐がいなくなってから、おそらくは数分もたっていないはずだったが、ジッと動かない日下部の姿はずいぶん長い間、日下部がここでこうして一人でいるように、そう見えた。  一人ぼっちの日下部の頭の中で、小宮の台詞とそれを否定する自身の言葉が振り子の様に繰り返される。  誰も大事に出来ない。  違う。  誰も大事に出来ない。  違う……  日下部が、違うと思えば思うほどに、日下部の頭の中の小宮は強く、こう言う。 『お前は誰も大事に出来ないんだよ』 (違う!) 日下部はそう心の中で怒鳴り、「天谷……」こう小さく呟いた。 「おい、日下部?」  名前を呼ばれて日下部はハッと目を開く。  日下部の目の前には心配そうな顔で日下部を見ている嵐の顔があった。 「あ、嵐?」 「日下部、大丈夫? ぼんやりしてたけど」 「あ、ああ、大丈夫。ぼんやりなんかしてないよ。えっと……」 「もうっ、やっぱりぼんやりしてるじゃん! ほらっ、連れてきてやったよ!」  そう言って嵐は自分の隣を指差す。  嵐の隣には天谷がいた。 「あ、天谷?」  日下部は不思議そうな顔で天谷を見た。 「日下部、何? 嵐が来て、日下部が呼んでるって、そう聞いて……来たんだけど」  天谷は、とても不安そうな顔をしていた。

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