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第32話 恋に恋するでもない話11p
「ところで天谷、学校じゃなきゃいいのか?」
「へっ?」
「さっきの話だよ。神聖な学び舎じゃなきゃいいのかよ?」
日下部のその言葉の意味を理解して天谷の顔が赤くなる。
「ばか、そんな訳……」
そんな訳無いと天谷が言うより先に日下部が、「やっぱり俺に触られたくないんだな」と寂しそうな顔をする。
その顔を見て天谷は慌てて首を振って、「あーっ、違う、違うって! ううっ。学校以外ならいいけど時と場合によるから!」と言う。
「学校以外って、例えばどこよ?」
日下部が意地悪な笑みを浮かべて訊いた。
「え、ええと、お前の部屋とか?」
天谷はしどろもどろに答える。
「ふぅーん、俺の部屋、ねぇ。じゃあ、今度お前が俺の部屋に来たら、お前はそういうつもりだと捉えよう」
ニヤニヤしながら日下部がそう言うと、天谷は耳まで赤くして日下部を殴ろうとした、が、天谷の拳は、くにゃりとして全く力が入っていなかった。
(あれ? どうしたんだろう。なんか腕に力が入らない。ていうか、体から力が抜けてるみたいな)
そう思った瞬間、天谷の体が、がくりと崩れる。
かけている眼鏡がずれて天谷の視界がゆがむ。
天谷が床に倒れ込む寸前で日下部が天谷を抱きとめて支えた。
「あぶねぇ。大丈夫かよ?」
腕の中の天谷を心配げな顔で日下部が覗き込む。
「ん、なんか体から力が抜けちゃって」
「え、マジか」
日下部は青ざめる。
「具合、悪い?」
「ううん。大丈夫。でも、どうしちゃったんだろう」
それが緊張した後の安心感から体から力が抜けたためだとは気付かずに、天谷は首をかしげる。
「立てるか?」
訊かれて天谷は「無理」と言って小さく首を横に振る。
始業を告げるチャイムが鳴った。
「とりあえず座るか?」
天谷のずれた眼鏡を直してあげながら日下部がそう言うと、天谷は日下部の手を掴み、「動けないから。あの……このまま……このままで……しばらくこのままでいて」と言った。
天谷のこの台詞はとぎれとぎれで小さくて、でも日下部の耳に届いた。
「ああ、このままな」
日下部は頷いて、天谷の手を少し力を込めて握り返す。
日下部の触れる天谷の手は温かかった。
「あ、講義どうしょう」
ハッとした顔をして日下部を見て天谷が言う。
「バカ、サボりに決まってるだろ」
そう言って日下部は天谷の髪をくしゃくしゃに掻きまわした。
終
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