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第38話 天谷、日下部、小宮の高校時代6p

「あのさ、天谷」 「君、本当に、俺の事、気に喰わなくないのか? 何かあるなら」 「いや、天谷君さ」 「いや、だから、俺の何が気に喰わないのかなって」 「いや、だからだね!」 「いや、だから君!」 「いや、あーっ、もう! ネチネチうるせーな! つか、あのさ、お前、天谷君さぁ、さっきから俺のこと、君、君って言っているけども、もしかして、俺の名前わかってない?」 「え?」 「俺の名前、言ってみな」 「え、えーっと……」 「ほら、やっぱり、わからないのかよ。お前、天谷、相手の名前もわからないくせに、良くつっかかって来たなぁ」 「な、何だよ、逆切れ?」  天谷の額から冷や汗が流れる。 「あ、そうだな、悪いかよ。でも、お前が俺の名前を知らなかったのも事実だろ」  言いながら、小宮は胃に痛みを感じていた。  小宮は天谷の顔を見る。  天谷の表情は暗かった。 「……そうだけど。名前、知らないけど」  天谷は完璧に追い詰められていた。  天谷を追い詰めているのは間違えなく小宮で、小宮には酷いことをしている罪悪感があったが、しかし、小宮には自分を止めることが出来なかった。 「ホームルームでの件、俺に非があるのはわかってるよ。だから、お前が俺の名前を覚えたら謝るから」  小宮の口は、小宮の意思に反して勝手にそう言う。 「は、はぁ?」 「じゃあ、そういうことで!」 「え、ちょっと!」  じゃあなと一言天谷に言うと、小宮は天谷に背を向けて階段を駆け降りた。  残された天谷は気の抜けたようにその場からしばらく動かないでいた。  小宮は校門まで走ると足を止め、肺に空気を送り込んだ。 (俺、最低過ぎだ。何でアイツにあんな意地悪言ったんだろう。素直に謝りゃよかったことなのに)  小宮の気持ちは暗く落ち込んだ。  周りを見れば、友達同士、楽しそうに下校する生徒達がいる。  それが小宮の気に障った。  周りに写る風景の何もかももが小宮には面白くなかった。  全ての物が小宮をあざ笑っている様で、小宮を惨めにさせた。  小宮は歩き出す。 (明日、天谷に謝ろう)  そう決めて、小宮は空を走る汚れた鳶を目で追った。  天谷雨喬は一人、落ち込んでいた。  教室には天谷以外はまだだれ一人としていない。  天谷は机に座り、窓の曇った景色を見ながら憂鬱な心の原因について考えた。  天谷の憂鬱の原因は昨日のクラスメイトとのやり取りのことだった。  隣の席の彼にいきなりホームルームで突然名前を出された時はビックリした。  そして、帰りに彼を捕まえて話した時も。 (クラスメイトの名前を覚えてないとか、やっぱりだめなのかな)  天谷は深いため息をつく。  天谷は人間関係を築くことに酷く不器用であった。  それは、天谷自身のせいだけでなく、天谷の家庭環境における部分も多く関係しているが、他人はそれを理解はしてくれない。  天谷は一人でその問題に立ち向かっていくしかない。 (あいつの名前、何て言うんだろう)  天谷は隣の席に視線を移す。  空いたその席は天谷の疑問には答えてはくれない。 (う、やばい、何か、頭痛くなって来た)  天谷は両目を瞑り、机に頭を伏せた。 「お、何だ、俺が一番乗りかと思ったら、天谷か」  呑気な声が天谷の耳に入った。  天谷はゆっくり体を上げる。  彼だ。  隣の席の……。

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