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第39話 天谷、日下部、小宮の高校時代7p

 彼は天谷に近づくと、「おはよう」と言った。  天谷は目を瞬かせる。  天谷は戸惑い顔で彼に、「おはよう」と言った。 「お前、早いのな。いつもこんなに早い訳?」  一体どういうつもりなのか、昨日、揉めた事が嘘みたいに、彼は何事も無かったかのように話しかけてくる。 「えっと、あ、うん。大体一番に教室に来るけど」 「そか、お前って見た目通り真面目なヤツなのな」 「そうかな」 「そうだよ」  とりあえず答える天谷に対して彼は普通に会話をする。 (なんか、こいつ、昨日とは別人みたい)  妙な感じに天谷の心はざわついた。 「なあ、お前、ちゃんと朝飯食って来た?」  彼はそう言って天谷の顔を覗き込んだ。  そして彼は顔を歪める。 「なぁ、天谷、もしかして具合良くない? 顔色悪いぞ」 「ん、なんか、少し頭痛くて」 「マジかよ」   彼は手を天谷の額に当てた。  天谷は突然触れられたことと、彼の手の冷たさに、びくりと体を震わせる。 「少し熱いな。保健室行くぜ」 「え、別にいいよ」 「良いから行くぞ」  そう言って、彼は天谷の手を引いて席から立たせる。  天谷は彼に手を引かれたまま教室を出た。 (え、これ、どういう状況? 頭がぼんやりしてなにも考えられない)  天谷は狼狽えるが、しかし、彼は全く平気な風だ。  人通りのまばらな校舎の中を、天谷と彼は進む。  時折、彼の知り合いらしき生徒が彼に話しかけてくる。 「キャー、なぁに、二人、手ぇ繋いでどこ行くのよ」 「いいトコだよ。邪魔すんなよ」 「はは、バカぁ」 「後でな」 「え、どうしたんだよ、お前、男同士で手なんか繋いで」 「んんー、コイツ、具合悪いんだってさ。保健室連れてくんよ」 「そか、先生には俺から言っとくわ」 「お、よろー」  彼は人と話す時、ずっと笑っている。  昨日天谷と話した時はにこりともしなかった癖に。 「なんか、凄いな」  天谷が言うと、彼が、「何が?」と言う。 「人間関係ちゃんとしててさ。さっきの、皆友達?」 「うん、まぁ、そうだったり、そうじゃなかったり」 「ふーん」 「さてと、着いたぜ」  彼は目の前の保健室の扉を勢いよく開けた。  うるさく開いた扉に、中にいた若い女の養護教諭の北原が睨みを効かせた。 「ちょっと、保健室の扉は静かに開けなさいよ……って、小宮か。どうした?」  北原の台詞に天谷はドキリとした。 (こみや……コイツの名前)  天谷は彼の、小宮の顔を見る。  小宮は、天谷と目が合うと、「ん?」と不思議そうな顔をした。 「小宮、ちょっと、それ、何よ。手なんて繋いじゃって。保健室に何しに来たのよ……って、相手が男じゃなかったら説教だったわよ」  北原は天谷と小宮の繋がれた手に熱い視線を送りながら可笑しそうに言った。 「先生、男同士で保健室にナニしに来るのはダメなんですかぁ。差別はいかんね」  小宮がへらへらしながら言うと、北原は爆笑した。 「ははっ、小宮、あんた、その子とそういう関係な訳かぁ」  小宮と北原が話すのを天谷はぼんやりする頭で聞いていた。   「先生、冗談。コイツ、具合悪いみたいで連れて来たんよ。頭痛いんだって。なんか熱っぽいんよ」 「そうなの? あなた、えっと、名前は?」 「あ、天谷です。天谷雨喬です。二年六組の」 「そう、あなた、天谷君、こっちに来て、熱測りましょう」  扉の入り口に小宮と立ったままでいる天谷を北原が手招きで呼び寄せる。  天谷はふらふらした足取りで北原の側によると、北原に勧められるままに椅子に座り、制服のボタンを外して体温計を脇の下に挟み込んだ。

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