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第40話 天谷、日下部、小宮の高校時代8p
「小宮は教室に戻って」
北原がそう言うと、小宮は首を横に振った。
「ん、そいつが寝たら教室に行くよ」
「は、何よ、それ」
北原がいぶかしげな顔をすると、小宮は静かに、「そいつに話があるから」と言う。
北原は、ふぅん、と頷いて、思い出したように「私、職員室に行ってくるから、天谷君、熱測ったら寝てなさいね。寝てれば少しは良くなるでしょう。小宮、天谷君が寝たら教室帰んのよ」と、そう言ってニヤニヤと笑顔を浮かべて保健室を出ていった。
「気の利く先生だな」
小宮は北原が出て行った扉を見ながら感心したように言う。
「あ、あの。俺に話って何?」
訊かれて小宮は扉から天谷へ視線を移す。
「あーっ、話ね。それより、熱、どうだった?」
「え、熱」
天谷はそう言えばと体温計を脇の下から外して見て見る。
「三十七度だって」
「微熱だな、ベッドで横になれよ。連れてってやろうか」
「自分で行けるから大丈夫だよ」
天谷は椅子から立ち上がると二台あるベッドを交互に見てから窓側にある方のベッドへ向かって進んだ。
天谷の足取りは危うくて、ついによろめいてしまう。
転びそうになる天谷を小宮が支えた。
小宮に支えられて、天谷は一瞬の浮遊感を味わう。
「危ないな。ベッドまで連れてってやるから」
小宮にそう言われて、天谷はしょげたように眉を下げる。
「ごめん」
「謝るなよ。ほら、直ぐそこだから」
小宮は天谷の手を握る。
その手を、天谷は遠慮がちに握り返す。
ベッドまで小宮に手を引かれている間は、天谷はふわふわした感覚に陥っていた。
(きっと、久しぶりに他人と、ちゃんと話したからだ)
天谷は小宮と繋いでいる自分の手が緊張で少し汗ばんでいるのを感じた。
天谷は急に怖くなる。
不安な顔で天谷は自分の手を引く小宮の横顔を見る。
その顔には何の表情も浮かんでいなかった。
「ほら、ベッドに着いたぜ。布団に入れよ」
小宮は天谷の肩に手をかける。
天谷の体はびくりと震えた。
「ん、悪い。なんか怖がらせた?」
そう言うと、小宮は天谷から手を離す。
天谷は首を振って、しどろもどろに話した。
「ううん、ごめん。俺、他人に触られるの、実はあんまり得意じゃなくて。手とか繋ぐのも本当はダメなんだけど、なんか、なんだか、大丈夫かなって思ったんだけど、でも……」
「うん」
「なんか、人と話すのも、他人の事を考えるのも苦手で、こんなんじゃダメだとは思うんだけど、上手くできなくて」
天谷は自分でも何を言っているのか分からないことを小宮に話していた。
「頭痛くなったのも、君のこと考えてたから……それで、それで……なんか、君のこと考えたら訳が分からなくなって、それで……。ごめん、俺、変なことを言ってる。ごめん」
天谷は歪む思考を絞り出して、言うだけ言うと言葉を無くした。
天谷は俯く。
少しの沈黙の後、小宮が「変じゃないよ」と一言言った。
天谷は顔を上げて小宮を見る。
小宮は白い歯を見せてニカッと笑っていた。
その笑顔は天谷を不愉快にさせなかった。
天谷の気が抜ける。
「あの、ごめん、俺、本当にっ」
自分の感情の動きを誤魔化す様に早口で言う天谷に、小宮は一層笑う。
「謝らなくて良いから。そんなに一生懸命喋らなくても大丈夫。ちゃんと聞いてるよ。なぁ、寝ろよ、な」
「うん、寝るよ」
そう言って、天谷は不意に小さく微笑んだ。
それは天谷が他人に向ける初めての笑顔だったかも知れない。
何で笑ってしまったのか、天谷にも分からない。
小宮の笑顔につられたのかも知れない。
小宮が優しく笑うから、だからかも知れなかった。
天谷がベッドに入ると、小宮はベッドの縁に腰を下ろす。
天谷は布団から半分だけ顔を出すと自分を見下ろす小宮の顔を見た。
金髪に染めた小宮の髪が天谷の顔に落ちる。
「あ、悪い、近づき過ぎた」
小宮はやや伸びた髪をかきあげて天谷から顔を離す。
恥ずかしそうに小宮を見上げる天谷の目は熱のせいか潤んでいた。
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