42 / 245
第41話 天谷、日下部、小宮の高校時代9p
「あー、天谷、寝る時ぐらいは眼鏡外せよ」
照れたように小宮が言う。
小宮に言われるままに、天谷は眼鏡を外し、手を伸ばして眼鏡をサイドボードに置いた。
小宮は眼鏡を外した天谷の顔を見てため息をつく。
「お前って、やっぱり綺麗な顔してんな。お前が前髪伸ばしてんのって、もしかしてその顔隠すためなん?」
小宮がそう言うと、天谷は口をポカンと開けた。
「からかうなよ。母親には気持ちの悪い顔だって言われてるけど。前髪、ただ切るのが面倒なだけ」
『気持ち悪いわ。お前の顔。見ていると吐き気がする。私を見ないで頂戴。……なによ、その目は、汚らわしいものでも見るような目で私を見ないで頂戴。汚らわしいのはお前のほうなのに』
天谷の頭の中にこんな台詞が浮かんだ。
天谷はそれを打ち消すように目の前の小宮の唇の動きに注目する。
「はぁー、お前の顔が気持ち悪いって、何それ、俺はそうは思わんけど。つか、前髪、ただ伸ばしてるだけかよ。俺はてっきり……」
そう言って小宮は額に手を当てて、そして、うん、と一人納得したように頷いた。
小宮は「なぁ」と、天井に視線をさ迷わせながら天谷に呼びかける。
天谷が小宮の顔を見ながら、「なに?」と言うと、小宮は、唐突に「俺は好きだよ、お前の顔」と言った。
小宮のその台詞に天谷は目を丸くした。
「好きとか、初めて言われた」
天谷の声は本人も気付かないくらいに僅かに震えている。
小宮は天井の一点を見つめて、「そうか」と静かに言った。
「あの、俺、もう一人で大丈夫だから、えっと」
布団をぎゅっと握りしめて天谷は言う。
小宮は視線を天谷に向けて、「あ、ああ。あの、あとちょっと話しても大丈夫? すぐ終わる話なんだけど。あ、話し、苦手なんだったよな。えっと、無理にとは言わないから」と、慌てて言う。
「あ、話し……何?」
布団を捲り起き上がろうとする天谷を小宮は制した。
「そのまま聞いてくれたらいいから」
「うん」
「あのさ、天谷は、その、人と話すの苦手なんだよな。なのに昨日話しかけて来たじゃん。それはやっぱりホームルームでの事怒ってたから?」
聞かれて天谷は首を振る。
「昨日は、怒ったとかじゃなくて、理由が知りたくて。君がホームルームであんな事言って、それを、何でって思ったから、それだけで」
「そうだったんだ。あ、理由、だよな、知りたいよなぁ。えーっと、昨日のアレなんだけど、こんなこと言うのもなんだけど、俺があんなことした理由ってのが、それが、上手く話せなくて、でも……俺……」
小宮の声は途中で小さくなっていた。
天谷は「何?」と聞き返す。
小宮はじれったそうに、「だから!」と声を大きくして「悪かったよ」と言った。
「え」
「ごめん」
「え、あの、君の話って、もしかして、俺にごめんって、それだけ?」
「そうだよ。なんだよ、他に何か欲しいのか?」
「いや、違うけど。良かったの? 俺が君の名前覚えるまで謝らないんじゃなかったっけ?」
天谷に言われて小宮が、うっ、と息を詰まらせた。
「お前、結構意地悪だな」
小宮が苦い顔をすると、天谷は潤んだ目を瞬かせた。
「そう? 意地悪……。初めて言われた」
「ごめん、悪口じゃないんだ」
「別に言われて嫌じゃなかったよ、こみや」
名前を呼ばれて小宮はハッとした顔をする。
「こみや、名前、覚えたからな」
天谷の口角が上がる。
小宮は、「ああ」と、照れくさそうに笑って天谷の髪を撫でた。
「髪、何で撫でるの?」
そう聞く天谷は嫌がるでもなく髪を撫でられている。
「知るかよ」
小宮の顔は赤かった。
「こみや」
「ん?」
「文化祭、頑張ろうな」
「は、お前、文化祭の出し物、やる気満々か?」
「へ? 俺、何か変なこと言ってる?」
「言ってるよ、熱でもあるんじゃねーの?」
「熱、あるよ」
「だったな。俺、もう行くわ。ちゃんと寝ろよ、天谷。またな」
「うん、こみや」
ともだちにシェアしよう!