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第46話 天谷、日下部、小宮の高校時代14p
「ねぇ、少しで良いから付き合ってよ」
「いや、少しって言われても」
「いいじゃん、少しぐらい。食べたいものあったら奢ってあげるし」
「え、奢ってくれるんですか。何で?」
「いや、それは、君が可愛いからだよ」
「は、はぁぁっ?」
弾丸の様に発射される二人の会話について行けず、天谷はくらくらと眩暈を感じた。
自分が女と勘違いされてナンパされている、だなんて天谷は考えつかない。
「ねぇ、連絡先教えてよ」
「え、あの……」
「あ、いいね! いいね! ここで会ったのも何かの縁だし連絡先交換しようよ、ね!」
「あっ、あっ……」
「ねぇ、どこ行きたい? あ、外いっちゃう? カラオケとかどうよ?」
「…………」
「いいねー、行こうよ!」
天谷は後ずさるが後ろは壁だ。
彼らは気のない天谷をなおもしつこく誘っている。
この場をどうしたらいいのか、天谷の出した答えは。
「あの、俺、失礼します!」
天谷は素早く二人の間をすり抜けると脱兎のごとく駆けだした。
「あ、逃げた!」
「待ってよ!」
突然走り出した天谷をノリに任せて追う二人に追いつかれないようにスピードを上げて天谷は走る。
「待て!」
言われて天谷は首だけ振り返り、大声で「待ちません!」と言うと、廊下の開いた窓の縁に手をかけてスカートの裾を翻し、勢いよく窓から飛んだ。
一階の窓から飛び降りた所で何と言う訳でも無く、天谷はひらりと地面に無事に着地すると直ぐにまた走り出した。
走り続けて息が切れる頃には天谷は二人を撒くことが出来た。
「はぁ……ちっ、コンタクト片方外れた。ここはどこなんだ? コンタクト、いつ無くしたんだろ。はぁ、それにしても、全く、あの二人は何だっていうんだよ」
天谷は残った片方のコンタクトレンズを外すと肩で息をつきながらぼやけた景色の中を歩く。
コンタクトレンズを外した天谷の目は涙目になっていたが、天谷は気にしなかった。
天谷はずっと走った疲れから、と息を時折漏らした。
涙に濡れた眼をして、と息を漏らした天谷は何とも言えない色気を出していた。
そんな天谷を見る人の顔は呆気に取られた顔だった。
しかし、それは、ぼやけた景色に溶け込んで天谷には見えない。
「なぁ、あの子見ろよ、めちゃくちゃ可愛くね」
「めちゃレベル高いな」
「綺麗な子。どこの学校の子だろうね」
「お前、あの子に声かけてみろよー」
「無理に決まってるだろ。あんな子、相手にしてくれねーよ」
ざわつく周囲の声は天谷に向けられたものだったが、天谷自身はそれに全く気付かない。
(ぼやけて見えないけど、なんか綺麗な子がいるみたいだな)
天谷は他人事の様に周りの声を聞いている。
「ねぇ、お姉さん、一人?」
天谷の目の前にいかにもナンパな風体の男が一人、立ちはだかって声をかけた。
「ふぇ? お姉さん?」
天谷はキョロキョロと辺りを見回してみる。
「ねぇってば、お姉さん、聞いてる? お姉さん、可愛いね。良かったら一緒に回らない?」
男は明らかに天谷に話しかけているが、しかし、天谷は訳が分からず首を傾げる。
「え、あっ、えーっと。あの、お姉さん、いますかねぇ?」
天谷がそう言うと、男は声を上げて笑う。
「ははっ、面白いね。君のことだよ、お姉さん!」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁーーっ?」
天谷の大絶叫が校舎にこだました。
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