体育館では演劇部の公演、シンデレラのための準備に演劇部員達が忙しく働いていた。 　演劇部員の歌う声が聞こえる。 　シンデレラ。 　十二時になったら魔法は解ける。 　十二時になったら馬車はカボチャになる。 　十二時になったらシンデレラはただの娘になってしまう。 「シンデレラか、いい気なもんだぜ」 　演劇部員の友人から送られて来た動画を見ながら日下部は毒づいた。 　ちなみに、シンデレラでの日下部の友人の役は鼠だ。 　明らかにわき役である。 　それを聞いた日下部は苦笑いするしかなかった。 　 　日下部は二年生の教室のある南校舎をぐるりと回って写真の少女を探した。 　しかし、少女の姿は見当たらなかった。 　体育館への渡り廊下がある東校舎にいる小宮の方でも彼女はまだ見つからないと言う。 　日下部は今、美術室や理科室のある北校舎の三階にいる。 　北校舎三階の教室は予備室などが多い。 　今年の文化祭では予備室は使われておらず、故に、ここは人通りもまばらで実に静かだった。 （こんなところに来るのはウチの学校の生徒くらいだし、流石にここにはいないかな） 　そうは思っても念のためにと、日下部は明かりの消えた、空いた教室の扉を開いた。 　カーテンが下りた薄暗い教室。 　机の上には逆さまにされた椅子が載せられて、教室の隅に片付けられている。 　埃っぽい空気に日下部は顔をしかめた。 　一つだけ窓が開いているらしく、くすんだレモンイエローのカーテンが風でゆらゆらと揺れている。 　そのカーテンの下に、紺色のセーラー服の少女がうずくまっていた。 　顔を伏せていたが、日下部には自分が探しているのは彼女だと分かった。 　日下部はそっと彼女に近づく。 　日下部は彼女のそばまで来ると、彼女を見下ろす。 　彼女はジッとして動かない。 　彼女は日下部の存在に気付いていない様子だった。 （眠ってるのか？） 　日下部はしゃがみ込み、彼女の顔にかかった髪をそっとかき分けた。 　彼女の長いまつ毛がわずかに揺れたように見えた。 　彼女は目を閉じて眠っている。 　彼女は膝を抱えて、いつからここでこうしていたのか。 （疲れた顔しちゃって。あんたを探すのにこっちもへとへとだぜ） 　日下部はしばらく彼女の顔を眺めた。 　彼女の白い顔に付いた整った鼻やら、紅い唇やら、長いまつ毛から落ちる影を、息を殺して見ていた。 　校内放送が掛かった。 『只今より、体育館にて、演劇部による公演が始まります。演目はシンデレラ。どうぞ、皆さま、ご覧ください』 　シンデレラ。 　十二時になったら魔法は解ける。 　十二時になったら馬車はカボチャになる。 　十二時になったらシンデレラはただの娘になってしまう。 　十二時になったら……。 「綾……」 　日下部は気付かないうちにそう呟いていた。 　日下部は魔法にでもかかった様に自分の意思に反して彼女の頬に指先を伸ばす。 　日下部の指は滑る様に彼女の頬を伝った。 「んっ」 　彼女が小さく声を上げる。 　日下部はハッとして指を引いた。 （何やってんだ、俺は。小宮の彼女だぞ） 　日下部の額から冷や汗が落ちる。 　十二時になったら魔法は解ける。 　彼女が……天谷が目を覚ました。