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第68話 スリーピーホロウ10p
天谷の台詞を聞いた日下部は天谷の髪から手を離し、革命の瞬間でも見たかのように驚いた顔をした。
天谷自身も自分が言ったことに驚いていた。
(俺は何を言ってるんだよ。一緒に寝る? ってどこから出てきた台詞なんだぁー)
天谷の頭はパニックの真っ最中だ。
天谷の体はメデューサに睨まれたように固まっている。
顔も燃えるのではないかというほどに熱くなっている。
そんな天谷に「天谷、本気で言ってる?」と日下部から声がかかる。
天谷が見れば、日下部は探るような目で天谷を見ている。
そんな日下部の視線から咄嗟に逃れて天谷は床を見る。
日下部の問いに何と答えたらいいのかわからない。
天谷は水面に浮かんだ金魚の様に口を動かした。
言葉にならない声が部屋に消えていく。
日下部と一緒に寝る、だなんて今までしたことが無かった。
部屋には何度も泊まったが、天谷はいつもソファーに一人で眠っていた。
日下部の方から、誘われたことも無かったし、それが天谷にとって安心でもあったはずなのに、何故、自分から一緒に寝る? だなんて誘ってしまったのか?
日下部から離れたらいけないと、そう思った。
それが、どうして、一緒に寝る? になるのか?
自分で自分が分からない。
自分で言ったことの収集が付けられない。
一人、百面相をしている天谷の頬に日下部の手が触れる。
「無理すんなよ」
そう言って日下部は笑う。
頬に触れる日下部の手が冷たい。
いつもは温かい日下部の手が……
「無理なんかしてない」
天谷は日下部を睨むように見て言った。
「じゃあ、入れよ」
日下部が天谷の頬から手を離し、ベッドの端にずれて布団をめくった。
天谷は空いた日下部の隣の空間に目が釘付けになる。
ここで寝るのかと思ったら、天谷は何とも言えない気持ちになった。
今なら、まだ引き返せる。
やっぱり、日下部とは寝ないという道が残っている。
しかし、それを選んだ場合、天谷は日下部にやっぱりダメな奴だと笑われることになる、と天谷は思う。
(ちっ、ここで逃げたら男が廃るぜ。寝てやる! 絶対に寝てやる!)
一人で決意をすると日下部の顔は見ずに天谷はベッドに入った。
ベッドは男二人には当然狭く、天谷の体は自然と日下部にくっついた。
日下部が天谷にしっかりと布団をかけてから、天谷の顔の上に枕を被せる。
「え、枕、何?」
キョトンとする天谷に日下部は「枕、お前が使えよ」と言う。
「え、いいよ。枕なんか無くても別に」
「良いから使え」
日下部はそう言うと布団の中にもぐりこんだ。
もう、有り難く枕を使わせて頂かなければならない空気だった。
「あ、ありがとう」
天谷は頭を枕の上に載せた。
枕は思いのほかふわふわで心地よかった。
(えーっと、どっちを向いて寝たらいいんだ)
天谷は布団の中でもぞもぞと動く。
日下部の方を向いて寝るのも何だか恥ずかしいし、しかし、自分から誘っておいて日下部に背を向けて寝るのも何か違うと思うし、やっぱり正面か? と天谷は悩む。
「ちょっと、天谷、あんまり動くなよ。何やってんだよ」
「べっ、別にっ」
天谷はそう言うと日下部に背を向けた。
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