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第75話 天谷と不二崎の雨の日の過ごし方1p

 大学の校舎裏の花壇に咲いた青い紫陽花を天谷雨喬は一人で見ていた。  今日は良く晴れているが、昨日は雨だ。  紫陽花は昨日の雨の名残で少々濡れていた。  天谷は顔を紫陽花に近付けて匂いを嗅いでみる。 (うーん、特に匂いは無いな)  わかっていたこととは言え、少し残念な気持ちに天谷はなった。 「天谷、やっぱり校舎裏にいたか」  天谷が見ると、日下部が直ぐそばの校舎の窓から顔を出して天谷に手招きしていた。  天谷は窓の方まで移動すると、日下部に、何か用事か? と訊く。  日下部は、ああ、と答えた。 「何の用?」 「相変わらず素っ気ないな。邪魔だった?」 「ううん、ただ、紫陽花を見ていただけだから」 「紫陽花を?」 「うん、紫陽花の色が綺麗だったから」  そう言って、天谷は紫陽花の方を振り返る。  紫陽花に付いた水滴が日の光に当たり、キラキラと輝いている。  その美しい様子に天谷は見惚れた。  しかし、日下部がいることを思い出して、天谷は日下部の方へと向き直った。 「ごめん、日下部、用事、何?」  天谷が言うと、日下部は、苦笑いをしてから「今度の日曜日、バイトが休みだから、もし天谷が暇なら、たまには二人でどっか遊びにいかないかなと思ってさ」そう言った。 「えっ」  天谷はかなりビックリした。  日下部から何処かへ二人で行こうだなんて、付き合い始めてからは中々誘われなくなっていたからだった。  天谷の方も、特に日下部を誘って出かけるということはしたことが無かった。  あるとすれば、せいぜい、買い物か、その辺で食事かくらいだ。  なので、日下部からのその誘いは天谷には嬉しかったが、しかし、世の中というのは上手く行かないものである。 「ごめん、日下部。日曜は史郎……不二崎と約束があって、だから無理だ」 「あ、うん、そうか。先約があるんじゃ仕方ないな」 「ごめん」 「ばか、謝るなよ。それにしても、お前が誰かと出かける気になるなんて珍しいこともあるもんだな」 「そうなんだよ。日下部と小宮以外の誰かとどこか行くなんて初めてで、実は今から緊張してるんだ」 「ははっ、何だよそれ。友達なんだろ。普通にしてればいいんだって」 「普通に?」 「そうだよ、普通に」  その普通が問題なんだよ、と天谷は思う。 「普通にしてて嫌われたらどうするんだよ」  天谷が言うと、日下部は笑って、「その時は俺が慰めてやるよ」と答えた。  何だよ、それ、と天谷は不機嫌な顔をする。 「そんな顔すると、俺に嫌われるぞ」  日下部のその冗談に、天谷はむくれた。 「不二崎って、世界史の友達だっけ?」  日下部が訊く。 「うん」と天谷。 「ふーん」  不二崎史郎は天谷と選択科目の講義が同じだった。  日下部と不二崎は面識が無かった。  校舎の中から日下部を呼ぶ声がした。  日下部は天谷に断りを入れてから振り向いて声の主と話をする。  天谷の方からは相手の顔は見えないが、多分日下部の友人であろうことは漏れてくる会話の内容からわかった。  大学では日下部はいつも沢山の友人に囲まれている。  天谷がその輪の中に入って行くことは無かった。    日下部が、天谷の方を振り向いて「友達呼んでるから、俺、行くな」と言う。 「うん、わかった」  天谷は頷いて言う。 「また後でな」 「うん、後でな」  日下部の姿が消えると天谷は窓から離れた。

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