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第82話 天谷と不二崎の雨の日の過ごし方8p

 天谷の意識が不二崎の手に集中する。  不二崎の手はひんやりとしている。  天谷は、ふと、日下部の手はどんな風だったかと思う。 (日下部、今頃何してるのかな)  そう言えば、今日、日下部に、遊びに行かないかと誘われていたことを天谷は思い出だす。  不二崎との約束があったから断ってしまった。 (日下部……)  天谷は立ち止まる。 「雨喬、どうしたの?」  不二崎の声に、天谷はハッとする。  そして、日下部のことを考えていたことが、急に恥ずかしくなる。  天谷の顔は赤くなった。 「雨喬、もしかして、手、繋いでるの、恥ずかしい?」 「え? 手……えっ、あ、ち、違う! そうじゃ無くて。あ、そう言えば俺達、手を繋いでるよね……。あ、恥ずかしくないよ、全然!」  不二崎に言われて、改めて男二人で手を繋いでいるという状況を認識した天谷。  不二崎の手の繋ぎ方が自然で、天谷はこの状況に特別な意識をしていなかった。 「本当に?」 「本当だよ」  それは嘘では無い。  天谷は不二崎と手を繋ぐことが不快では無かった。  いくら相手が不二崎といえ、このことに、天谷は驚いていた。 「本当に、本当だよ」  不二崎と目を合わせながら天谷は言った。 「じゃあ、何で顔が赤いの?」  天谷の目を見つめながら不二崎が言う。  不二崎の台詞に、天谷の顔がより一層赤く染まる。  天谷の顔が赤いのは、日下部のことを考えていたから。  そんなこと、言えない。  恥ずかしくて、とても言えない。 「ねぇ、どうして赤くなってるの?」  そんなこと、何で不二崎は訊いて来るのか、と天谷は思う。  天谷は、不二崎の質問に答えようと、何とか思考を巡らせる。 「それは、えっと……あっ! 何か、恥ずかしいこと思い出しちゃって、それで」  言い終えた後、どうしようもない言い訳だなと天谷は思った。  天谷は不二崎から視線をそらしてしまう。  何故だか不二崎を見ていられなかった。 「ふぅーん……わかった」  不二崎は真顔で言うと、また天谷の手を引いて歩き出す。 「あっ、史郎、もう少しゆっくり歩いて。足がもつれる」 「十分ゆっくり歩いてるよ。雨喬、ほら、紫陽花が目の前だよ」  不二崎が天谷の手を引っ張って天谷を前へ引き寄せる。  顔を上げた天谷の目の中に、赤や青、紫の紫陽花の色が入り込んでくる。  紫陽花は、もう手が届きそうだった。 (紫陽花、こんなに近くに。気付かなかった)  日下部のことを考えて、随分ぼんやりとしていたものだと、天谷は自分に呆れる。 「綺麗だね、雨喬」 「うん、綺麗」  天谷と不二崎は手を繋いだまま、紫陽花に見入った。  雨が傘に落ちる音がする。  雨に濡れた紫陽花の色は濃く見える。  二人でゆっくりと歩きながら、並んで植わっている濃い紫陽花の色を愛でる。 「ねぇ、雨喬、覚えてる? 俺達が友達になった時も、雨が降ったんだよ」  囁くような不二崎の声に、天谷の記憶が蘇る。  天谷は、空を見上げて、「うん」と答えた。

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