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第83話 天谷と不二崎の雨の日の過ごし方9p

 不二崎と天谷が友達になったきっかけは、大学の中庭で、散らばった楽譜を拾い集めている女の子を天谷が見た時だった。  女の子は楽譜を一人で拾い集めていた。  空は曇り空で、今にも雨が降りそうだった。  女の子を手伝う者は誰もいない。  天谷も、気の毒には思ったが、手伝おうとは思わず、その場を通り過ぎようとした。  ふと、風に飛ばされた楽譜が天谷の横をかすめていった。  天谷は、あっ、と思うと自然とそれを追いかけた。  楽譜は植え込みに落ちて止まった。  天谷は腰を曲げて言え込みから楽譜を拾った。 「ありがとう」  そう背中から声をかけられて振り返ると、髪の短い可愛らしい女の子が立っていた。  楽譜を拾っていた子だ。  その子はゆっくりと天谷に手を差し出した。  天谷は黙って、その手に楽譜を載せる。  女の子は楽譜を手にすると、背負っていたリュックを下ろして中を開けて、楽譜を大事そうにリュックにしまった。  それを見届けた天谷が無言で立ち去ろうとした瞬間、天谷の頭の上に、雨の雫が落ちて来た。  天谷と女の子は空を見上げる。  黒い雲が雨を降らせている。  雨は、ポツポツと小さく、そして、直ぐに、ザーザーと音を立てて二人に降り注いだ。  二人は顔を合わせると、中庭にある大きな木を目指して走った。  木は、その枝に葉を沢山つけており雨宿りにはピッタリだった。  誰もいなくなった中庭で、天谷は木を背にして女の子と二人きりで並んで立っていた。 (何か気まずいな、知らない子と二人で雨宿りなんて)  天谷がそう思っていると、女の子が天谷の方を向いて「君、天谷君、だよね」と言う。  天谷は驚いた顔をする。 「そうだけど、何で名前、知ってるの?」  訊かれて、女の子は笑った。 「世界史の講義、一緒だから。出欠取る時、名前、呼ばれるでしょ」 「ああ」  なるほど、そう言うことか、と、天谷は思った。 「俺のこと、知らない?」  言われて、天谷は気まずそうに、「ごめん」 と答える。  他人の顔や名前を覚えることが天谷は苦手だった。  しかし、今気にするべきは、そんなことでは無くて。 (今、こいつ、俺って言った?)  天谷は目を思い切り開いて女の子を見る。  可愛い顔をしているから女の子と思っていたが、恰好は随分ボーイッシュだ。 「あの、えっと、名前、訊いても良い?」  天谷が訊くと「不二崎、不二崎史郎だよ」と、不二崎は答えた。 (史郎、こいつ、お、男か!)  ビックリしている天谷に、不二崎は言う。 「天谷君、俺、講義の時、君の隣の席なんだけど」  言われて、天谷はまたビックリする。  世界史の講義はまだ二回しか受けていないし、天谷は隣に誰が座っているかだなんて全く気にしていなかった。 「そ、それは、たまたま? それとも、わ、わざと俺の隣に座ってるの?」  天谷がビクビクしながら訊くと、不二崎は笑って「最初はたまたま、後はわざと」と答えた。

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