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第84話 天谷と不二崎の雨の日の過ごし方10p
「ななな、何で?」
「うん、気になることがあって」
挙動不審になっている天谷に不二崎は優しく笑いかけながら話す。
「気になること?」
「うん、天谷君、講義始まる前、本を読んでいるだろ。何の本、読んでいるのかなって、気になって」
「は?」
「俺、本好きだから……。なぁ、何の本読んでるの?」
「えっ、えっ?」
天谷は戸惑う。
そんなこと聞かれても困る。
読んでいる本が何なのか、だなんて知られるのは恥ずかしい。
「……もしかして、天谷君が読んでるのってこれ?」
そう言って、不二崎はリュックから単行本を取り出した。
それを見て、天谷に鳥肌場立つ。
天谷が読んでいるのは正にそれだっだが、その本はすでに絶版になっていて、読んでいるのは一部のマニアだけ、という状況の物だった。
「お前も、その本読んでるの?」
持っているということはそういうことに決まっているが、天谷はそんなことは考えもせずに訊いていた。
「うん、面白いよね、これ」
不二崎が単行本を仕舞いながら言う。
「どうして、俺がそれを読んでるとわかったの?」
天谷が訊くと、不二崎は、笑って、「ちらりと見えた挿絵から、何となく」と答える。
「まさか、自分以外でそれを読んでいる人に出会えるなんて思ってもみなかったよ」
感動の声を天谷が漏らすと、不二崎も、俺もだよ、と言った。
「なぁ、君、下の名前、うきょう、って言うんだろ。なんて書くの?」
不二崎が訊く。
「えっと、雨に、喬……きょうは、こういう字で」
天谷は指で宙に文字を書いて見せる。
不二崎がリュックからスマートフォンを出してメモの画面に文字を打ちこみコレ? と訊く。
「そう、それ」
天谷が頷くと、不二崎も頷いた。
「雨喬、綺麗な名前だね」
「そうかな」
「うん。凄く綺麗だよ」
天谷の顔が赤くなる。
(そんな風に言われたの、初めてだ)
「ねぇ、俺、これからも、講義の時、君の隣に座っても良いかな」
「えっ……」
「嫌?」
天谷は軽く首を横に振る。
「別に、良いけど……。でも、なんで、俺の隣なんかに……」
「君が、気に入ったから」
「えっ」
天谷は一歩後退った。
雨が天谷に降り注ぐ。
「友達になって下さい、雨喬君」
不二崎は真っすぐに天谷を見て言う。
(俺が気に入った? 友達に……俺と? な、何で?)
戸惑っている天谷に、不二崎は天使のような笑顔で笑いかける。
「雨喬君、濡れちゃうよ。こっちに来なよ。さあ」
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