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第85話 天谷と不二崎の雨の日の過ごし方11p

 不二崎は天谷に手を差し出す。 「あっ……」  天谷の手が、ピクリと動く。  しかし、その手は不二崎には届かない。  雨が天谷のかけた眼鏡のレンズに雫を流す。  不二崎の顔が、雨の雫で隠れて見えなくなる。 (わからない。どうしたら良いのかわからない。このまま何も見えなくなったら良いのに)  この場から逃げ出したい衝動に天谷は駆られる。 「おいで! 濡れちゃう! 早く!」  と、不二崎の力強い声が響く。  天谷の手が不二崎の手に捕まる。  不二崎は天谷の手を掴み、勢いよく引っ張った。  不二崎に引っ張られ、天谷の足が不二崎の方へとよろりと進む。  そのはずみで天谷は不二崎に抱きついてしまった。 「あっ」 「あっ」  天谷と不二崎、二人は思わず声を上げる。  小さな不二崎は天谷にすっぽりと包まれた。 「雨、激しくなったみたい。タイミング良かったね、雨喬君」  雨の音に交じって不二崎の声がする。 「ごめん」  そう言って天谷が慌てて不二崎から離れようとすると、それを不二崎が引き止めた。  二人は抱き合ったまま目を合わせる。 「何で謝るの?」と不二崎。 「いや、何か、抱きついちゃったから……だからっ」  再び天谷が不二崎から離れようとすると、不二崎が天谷の肩を強く掴む。 「別に良いよ、謝らなくても。だから、このまま話を聞いて」 「え、このまま?」 「うん、このまま」  そう言う不二崎の目は真剣で、何だか嫌とは言えない雰囲気だった。 「……ん」  天谷はこくりと頷いた。  不二崎は、笑うと、ゆっくりと息を吸い込み、切なげな声で言った。 「天谷雨喬君、俺と友達になって下さい」  天谷を見上げる不二崎の目は真っすぐだった。  天谷の胸がズキリと痛む。  こんな風に他人に見られたことは、天谷は、日下部と小宮以外は初めてだった。  天谷は戸惑う。 「俺達、お互いのこと、良く知らないし」  天谷からこんな言葉が漏れると、不二崎は、「これから知っていけばいいよ」と答える。 「でも、俺っ……」 「雨喬君は俺のこと、嫌い?」  そう訊かれたら、別に嫌いな訳じゃない。 「別に、きっ、嫌いとかじゃ無いけど……」 「俺のこと、迷惑?」  迷惑な訳でも無い。 「迷惑でも無いけど……」 「俺に、興味ある?」 「興味?」  興味。  無いと言ったら嘘になる。  滅多に手に入らない同じ本を持っていて、自分を気に入ったと言い、今、友達になろうと自分を誘っている目の前の相手に対しての関心しか、今の天谷には無かった。  それに、不二崎は平気そうな顔をしているが、抱き合っている状況で、天谷には不二崎の心臓の鼓動の音が伝わっていた。  不二崎は緊張している。  その緊張をかくして大胆を装い天谷に話しかけているのだ。  それに気付いたら、天谷は不二崎のことを悲しませたくないと思った。  自分のことで、不二崎がガッカリする所を見たくないと天谷は思った。  その為にはどうしたら良いか、答えは明白だった。

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