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第88話 天谷と不二崎の雨の日の過ごし方14p
「はぁっ、色んな物見たし、結構歩いたな」
天谷がポツリとそう漏らすと不二崎は少し心配そうに、天谷に「疲れた?」と訊いた。
天谷は急いで首を横に振る。
「ううん、そうじゃ無くって、こんなに外で動いたのって久しぶりだから、色々刺激的だったなって」
下手なことを言って不二崎の気分を害したらどうしようと天谷は不安になった。
しかし、当の不二崎は、「そうだったんだ。疲れたら言って。ここでゆっくり過ごすのも良いからさ」と笑顔を作っている。
不二崎の笑顔に天谷は心底ホッとした。
「うん、ありがとう」
カフェは、客が少なく静かだった。
あまりの静けさに、天谷は急に気まずさを感じる。
(えーっと、どうしよう。何か話さなきゃ。でも、何を?)
天谷がもじもじしていると、不二崎がリュックから神社で買った恋守りの入った白い袋を取り出した。
不二崎は白い袋から恋守りを出して、手のひらに乗せた。
天谷は視線を不二崎の手のひらの恋守りに注ぐ。
不二崎が片思いの相手のことを思って買ったのであろうそれを、不二崎はジッと見つめた。
「なぁ、雨喬。これ、効くと思う?」
切なげなため息を漏らして不二崎が言った。
「きっと効くよ! 神社のおばあちゃんも、良く効くって評判だって言ってたし!」
天谷はテーブルに身を乗り出してそう言った。
「ははっ、雨喬は優しいな。うん、そうだね。雨喬が言うのならきっと効くね」
「うん、きっとだよ!」
天谷は力強く言った。
それを聞いて不二崎は少し視線を上に向けてから天谷の方を見て、「……もしも、願いが叶ったら、御礼参りに行かなきゃ。雨喬、その時は一緒に行ってくれる?」と言う。
「もちろんだよ」
「ありがとう」
そう言うと、不二崎は恋守りをそっと両手で握り締めた。
(史郎、本当に片思いの相手のことが好きなんだ。もしも、史郎の恋が叶ったら、史郎はその子の事、大事にするだろうな。そしたら、俺とこうして会う時間も無くなるのかも)
そう考えると、天谷は少し寂しいような気持ちになる。
と、同時に、不二崎の恋の相手に対しての興味が湧いて来た。
「あの、史郎の好きな人ってどんな人なのかって、訊いても良い?」
遠慮がちにそう訊いた天谷の顔を、不二崎は真顔になって見る。
「あっ、言いたくないんだったら良いから……」
天谷は俯いてしまう。
「雨喬、そんな顔しないで。別に言いたくない訳じゃ無いから。顔を上げて」
そう優しく不二崎が言うと、天谷は顔を上げて不二崎を見た。
天谷の見る不二崎は笑顔でいた。
「あのね、雨喬。俺の好きな人はね、凄く綺麗な人だよ」
「綺麗な……人」
「ずっと見ていたくなるほど綺麗だよ。それで、俺より背が高くて、優しくて、恥ずかしがり屋で、いつも人の事気にしてて」
不二崎は恋守りを握りしめる。
「本が好きな、そんな人だよ」
不二崎の手が緩んだ。
不二崎の顔は、どこかスッキリとしていた。
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