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第90話 天谷と不二崎の雨の日の過ごし方16p

 不二崎がテーブルに身を乗り出す。 「えっ?」  天谷が呆けた顔をしていると、不二崎が天谷の口元をペロリと舐めた。  そして、不二崎は何でもないような顔をして席に着いた。 「えっ? えっ? なっ……ええっ?」  天谷はガタリと音を立てて椅子を引いた。  舐められたそこを指で触れながら赤い顔で不二崎を見る。  天谷の頭はパニックだった。 「し、史郎、ダメだよ。好きな人がいるに、冗談でも、こっ、こんなことっ!」  天谷の台詞に不二崎は、ふふっ、と笑う。 「いいんだよ」  ゆっくり、不二崎はそう言った。 「えっ?」 「いいんだ」  そう言って、不二崎は窓を見る。  雨の雫が窓を伝って流れ、細い線を描いてゆく。  その様子を不二崎は見ていた。  そんな不二崎を天谷は混乱したままに見る。 (一体、史郎はどうしちゃったんだ。いいって何が? わからない) 「お待たせいたしました。アボカドとサラダチキンのサンドイッチとグリーンスムージーでございます」  タイミングが良いのか悪いのか、店員がやって来て天谷のオーダーしたメニューをテーブルに並べる。  天谷は引いていた椅子を元に戻すと、まだ赤い顔を店員から隠すように下を向いた。 「以上でご注文の品、お揃いでしょうか」  店員の質問に、不二崎が、「はい」と答える。 「では、ごゆっくりどうぞ」  そう言って店員が去って行くと、不二崎が明るい声で「雨喬、食べよう。美味しそうだよ」と言う。  まるで、さっきのことなんて無かったかのような不二崎の態度に天谷は戸惑う。 (どうして、史郎はあんなこと……。いや、しっかりしなきゃ。史郎にとっては何でも無いことなのかも知れないし。史郎が何でも無かった風にしてるなら、俺も合わせなきゃ!)  天谷は顔を上げる。  いつもと変わらない優しい不二崎の笑顔がそこにはあった  そんな不二崎の様子に天谷は少し落ち着きを取り戻す。 「雨喬、食べよう」 「……うん」  明るく言って、天谷はサンドイッチに手を伸ばす。  一口食べると、さっきのパンケーキの甘さが消えて無くなった。    窓を雨が叩く音がする。  その音に、天谷が視線を向ければ、外は土砂降りの雨だった。 「いきなり随分降って来たね」 「うん」 「ここでしばらく雨宿りして、雨が静まるのを待ったら帰ろうか。また雨が酷くなったら事だから」  不二崎は、窓を伝う雨を指でなぞる。  その指先を眺めながら、「うん、そうしよう」と天谷は頷く。  二人は食事を食べ終えると、二人で買った本の話や、今日一日の出来事を話して過ごした。  不二崎の片思いの恋についての話題は不思議ともう出なかった。  二人の時間は穏やかに過ぎて行った。

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