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第105話 たまには恋人らしく12p
こうすることに、考える間なんて無かった。
体が自然と動いてこうなったのだ。
天谷はというと、何の抵抗もせずに、体を伸ばしたまま、日下部の顔をただ目を細くして見ている。
紅色に染まった顔で、小さく呼吸を繰り返しながら。
日下部は天谷の薄く開いた目を見る。
天谷の感情を探るように、じっくりと。
「天谷」
名前を呼ぶと、天谷の口から、「んっ……」と小さく声がした。
日下部は恐る恐る、天谷の頬に手を伸ばし、触れてみた。
天谷はゆっくりと瞬きをして、そして黙って日下部を細めた目で見る。
いつもなら、いつもの天谷なら、こんなこと絶対に嫌がる。
それが、どうしてか天谷は無抵抗であった。
(何で?)
日下部の頭に疑問が浮かぶ。
(キスもデートもセックスも無理みたいな感じだったのに、何で? 自分が何されるかわかってんのか?)
答えを知りたくて眺める天谷の顔は、紅色に染まった頬の色が薄い桜の花の色を思い出させ、少し開いた唇から漏れる息は甘さを含んでいた。
とろりとした目で見つめられて、日下部は欲情をそそられる。
欲情に流されるままに、天谷の頬に触れたままの手をゆっくりと動かし首まで滑らせた。
「はっ……あっ」
天谷の声に体中が痺れる。
普段絶対に聞くことの無い甘やかな声。
「っつ」
日下部は息を呑むと、天谷のシャツのボタンに手をかけた。
その手が震えているのに気が付いて、日下部は苦笑いする。
(ああ、俺。緊張してる)
焦る気持ちと裏腹に、ボタンを一つ外すのにずいぶんともたついてしまう。
やっとボタンが外れたときには、もう、このままボタンを引きちぎってやろうか、と日下部は思った。
二つ目のボタンに手をかけながら、自分はこんな時、こんなに緊張するタイプだったっけ、と日下部は考えた。
(初めての時は、そりゃ、緊張したよな。でも、その後は……思い出せねー)
天谷と付き合い始めてから、日下部は誰かを抱いたことが無い。
天谷という恋人がいるから当然と言ったらそうだが、当の天谷の体すら抱いていない。
日下部にその気が無いのでは無くて、天谷が触れられることを嫌がるので、手が出せない、というのが日下部が天谷を抱けない理由だった。
そう言えば、と、初めて天谷に欲情した時のことを日下部は思い出す。
それは日下部にとって青天の霹靂であった。
まだ、天谷と付き合う前のこと。
高校三年の夏。
夏休みに、天谷と小宮とで花火をしようと河川敷に集まった。
まだ暗くなる前、小宮が待ちきれず、花火に火をつけた。
明るい中で見る花火は綺麗には見えなかったが、その場のふざけた雰囲気に流されて、三人は結局、暗くなる前に線香花火を残して全部燃やしてしまった。
花火を燃やしてしまい、手持ちぶたさになったのか、小宮がいきなりバケツの水をぶちまけた。
飛んでくる水しぶきを日下部は避けたが、天谷は避け切れず、水を浴びた。
「あ」と、日下部と小宮が声を上げた。
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