108 / 245

第108話 たまには恋人らしく15p

 もう一度、頬にキスをする。  そして、天谷の髪をかきあげて、首の、耳の直ぐ下の部分に唇を這わせる。  天谷から香る、微かに甘い匂いにうっとりと目を細めながら、日下部は音を立ててそこを吸った。 「あっ」  天谷が小さく鳴いて、体をよじらせる。 (首、やっぱり感じるんだ)  今度は歯を立てて、決して強すぎずに噛む。 「んんっ」  天谷は足を突っ張らせた。  天谷の乱れた呼吸が部屋に満ちて、扇風機の回る音も蝉の鳴き声も飲み込んでしまう。  日下部は天谷がかけている眼鏡を外すと、床にそれを置いた。  眼鏡というフィルターを外した天谷は雰囲気が一変する。  こんな時は妖艶に思えるその、目を閉じた顔に日下部は見惚れる。  ため息一つ付いた後、日下部は片手で天谷の頭を抱き込んで、天谷の首の横に顔を埋めた。  そして、そのまま天谷の首にキスの雨を降らせる。  ねっとりと絡みつくようなキス。  感じやすいのだろう、天谷は日下部の唇が落ちる度に甘い声とため息を漏らす。  それをずっと聞いていたくて、日下部は何度も、そこに口づけた。  甘く吸い、甘く噛んで。  天谷の声を、吐く息を聞きながら、夢中に……天谷で頭の中をいっぱいにしながら。  くらくらする頭の中で、見えない地図を辿るみたいに日下部の手が天谷の体の上をさ迷う。  天谷の首に口づけたまま。  迷う日下部の手の動きに天谷の体がくすぐったそうに揺れる。  汗で体にひっつく自分の服が鬱陶しい。  早く、早く欲しい。    日下部の急く気持ちの隙間を赤信号にぶち当たったように、ある疑問が浮かぶ。 (俺、何か大事なこと忘れてる気がするんだが……何だ?)  日下部のさ迷う手が止まる。  日下部は天谷の首から唇を放し、目を閉じたまま早い呼吸を繰り返す天谷の顔を見た。  天谷の悩まし気な表情は日下部の欲情をさらにそそる。  しかし、その欲望に駆られるより先に、日下部に浮かんだ疑問がその先の行為にブレーキをかける。 (何だろう。とても大切なことな気がする。絶対に思い出さなきゃいけないこと……)  それを思い出さないと、この先には進めない、そんな気が日下部にはした。  日下部が考えているうちに、天谷の呼吸が徐々に落ち着いて来る。  そのことに日下部は焦りを感じた。  しかし………… (思い出さなきゃ、大事なことなんだ!)  日下部の頭が高速で回る。  初めての天谷を床の上で抱こうとしていることだろうか。  それとも、まだ唇にキスをしていないこと?  そもそも、こんなこと、してはいけなかったんだろうか。  どれも正解のようで、何かが違った。

ともだちにシェアしよう!