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第111話 たまには恋人らしく18p

 そう思った瞬間に、天谷は日下部の腕の中にいた。  日下部は天谷をきつく抱きしめる。 (そんなにされたら、苦しい)  そう思っても、天谷は口に出せない。  日下部は天谷を抱きながら、天谷の耳元で天谷の名前を呼ぶ。  優しく、甘く、名前を呼ばれて、天谷はとろけそうになる。 「はっ、ん、やっ――」  体が熱い。  知らぬ間に、天谷の口から艶めかしい声が漏れる。  それを自分の声だとは天谷は気付かない。  日下部の腕の中に、どこまでも沈んでゆきそうになる。  やがて、体を伝う波が静まると、天谷は日下部の腕の中でとろりと眠りに落ちた。  夢の中。  どこからか、また霧が出て来た。  天谷はハッとすると上半身を勢いよく起こした。  天谷にかかっていた薄い掛け布団がはらりと落ちる。 (俺、寝てた?)  天谷は考える。 (えーっと、日下部に膝枕してもらって、頭、マッサージしてもらって、元カノの話聞いて少しムッとなって、それから……)  それからの記憶が曖昧なことに天谷は気付く。  ずっと日下部にマッサージしてもらっていた気もすれば、そうでない気もする。  マッサージの間に眠ってしまったに違えないが、しかし……記憶のあまりの曖昧さに天谷はモヤモヤした。  扇風機の風が天谷の髪をそよりと揺らす。  どれくらい眠っていたのだろう、と天谷は思う。  レースのカーテン越しの外の風景は、うっすらと暗闇が落ち始める前の明るさを見せている。 (日下部は?)  眼鏡をかけていない天谷のぼやけた視界に日下部の姿は見えなかった。   (……なんか、なんか変な変だ。何かわからないけど、変な感じがする。何?)  心と体がズキズキする。  天谷はぼやけた視界から眼鏡を探し当てると、それをゆっくりかけた。  そして、体にかかった掛け布団を全て剥ぎ取ると、自分の体を観察する。  皺の寄ったシャツ。  シャツのボタンは掛け違えている。  天谷の体温が一気に上がる。 (日下部っ……)  天谷は立ち上がると日下部の姿を探した。    日下部は直ぐに見えた。  開け放たれた襖の向こうに台所に立つ日下部の姿が見える。  天谷はそっと日下部に近付く。  日下部の間後ろまで来て、少しためらった後、「日下部」と、その背中に声をかけた。  日下部は振り向かずに、「ん、起きたのか」と言う。

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