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第113話 たまには恋人らしく20p

「へっ?」  天谷は混乱する。  自分は日下部にどんな答えを期待していたのだろう。  今みたいなこと?  それとも別のこと?  どんな答えを聞いたら安心できる? 「あ、あ、えっと、じ、冗談だった?」  悩んだ末に、何とか出てきた言葉。  そう言ってみればそうだと感じる。 (日下部が、俺に……何て、そんなこと、あるわけ無いよな。冗談でそういうこと言ったりされたりはあったけど、本気なわけ無いし。だって、俺は男で、日下部のそういうの、満たしてあげられない体で……。だから、そんなこと、あるわけ無い)  皺の寄ったシャツ。  掛け違えたボタン。  何かの予感がした。  あれは全部気のせい。  肩にかかる日下部の重みが苦しい。 「冗談にした方がいい?」  日下部が天谷の肩に顔を埋めたまま、そっとそう言う。  天谷の腰に回っている日下部の腕にギュっと力がこもる。 「うわっ! もっ……離せ」  上がる体の熱を誤魔化したくて、天谷は日下部の体を押した。  でも、日下部は天谷を離さない。 「なぁ、冗談がいい?」  日下部から逃れようともぞもぞ動く天谷に日下部は訊く。 「そ、そんなのっ……」  どう答えたら良いのか。  体の熱に溺れながら天谷は戸惑う。  ぴったりとくっついた二人の体。  二人分の心臓の音が合わさってリズムを刻む。   「天谷っ……」  天谷の耳の近くで日下部の声がする。  日下部の吐く息が耳にかかって、それだけで天谷はゾクリとした。  天谷の鼓動は早まる。  それは、日下部も同じで、合わさった体越しにそれを感じている天谷はとてつもなく恥ずかしくて……。  いつもみたいにふざけて欲しい。  いつもみたいにバカにして。  ドキドキさせないで。 「じ、冗談でいいから!」  目をきつく閉じで、天谷は言った。  胸のドキドキを掻き消してしまいたい。  皺の寄ったシャツも、掛け違えたボタンも、心につっかえた違和感も、全部無かった事にして、この苦しさから解放されたい。 「そうか」  日下部は、そう言うと天谷の体を離す。  天谷はせわしない呼吸を繰り返しながら日下部から視線を逸らし、床を見た。  ただ、抱きしめられただけなのに、こんなにも緊張してしまう自分を天谷は恨めしく思う。

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