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第114話 たまには恋人らしく21p

「何もしてないよ、天谷」  そっと、優しく、日下部が言う。 「ん」  天谷は頷く。 「あと、もう一言いい?」 「何?」 「ごめん」 「謝るのかよ!」 「うん」 「……ばかっ」  日下部が何で謝るのか、天谷は深く考えないようにする。  考えてしまったら、また苦しくなるから。 「そうめん、食べようぜ。薬味、たくさん用意したから」 「うん」 「部屋のテーブルに薬味置いてあるから、天谷、先行って座って待ってて」 「うん、わかった」  日下部の言う通りに部屋に行って、テーブルを見ると、テーブルの上を隙間なく薬味が埋まっている。  その中にミョウガを見つけて天谷は顔を綻ばせる。 「日下部ぇー薬味、ミョウガある!」 「おお、お前、好きそうだと思って」  台所から、日下部が声を張り上げて言う。  普通の会話。  普通の態度。  それに普通に応える自分。  普通であることが愛おしい。 (まだ、これでいいんだ、俺たちは……)  二人で十束のそうめんを平らげて、お腹いっぱいになって、それから今、二人でテレビでDVDを観ている。  もうラストシーン。  時計の針は夜の八時を回っている。  シーンは緊迫している。  天谷はテレビ画面を食い入るように観ていた。 「冗談だろ?」  金髪の俳優の台詞。 (冗談……冗談にされちまったかぁ)  天谷とのやり取りを思い出し、日下部は思う。  天谷の台詞に、ホッとしたような、寂しいような、複雑な思いを日下部は抱いていた。 (清くカミングアウトするつもりだったんだけどな。それで、土下座して謝る)  それくらいのことを、日下部はしたと自分で自覚していた。  だから、覚悟をしていたのだ。  しかし、天谷が冗談にしたいと思っている気持ちに乗ってしまった以上、覚悟の思いも後の祭りであることを考えて、日下部は心の中でため息をして、ソファーの前のテーブルの上に置いてあるグラスの麦茶を濁った思いを飲み込むように飲みほした。  テーブルの上には、コンビニで買ったお菓子が散らかっていた。  天谷がテレビ画面を見たまま、ポテトチップスの袋に手を伸ばした。  日下部はその手の行く先を目で追う。  白い手に掴まれたポテトチップスは、天谷の赤い唇に運ばれ、食まれてゆく。  ゆっくりと動く天谷のその唇に日下部の目は釘づけられる。  今日、その唇で、甘く名前を呼ばれて、甘い声で応えられて……。  普段見れないもう一つの天谷の姿。  天谷は覚えていなくても、日下部には特別な時間だった。

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