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第115話 たまには恋人らしく22p
(やっぱり無理。無かったことになんかできねー。でも、天谷は……)
日下部はもやがかかった感情をそのままに視線をテレビ画面に移す。
雨の降る夜。
時計塔の上で、追い詰められるヒロイン。
ヒロインの女優の顔が恐怖に染まる。
映画を観ながら日下部は考え込んでいた。
そして思う。
(無かったことになるんなら、これから、これから少しずつでも、作っていけばいい。今からでも、一歩ずつ)
そう思ったら、いてもたってもいられなくなった。
何かしなくちゃと、焦りが出て来る。
でも、何を?
キスも、デートもだめ。
抱きしめることも恥ずかしがる。
それ以上も(もうしてしまったけれど)もっとだめ。
じゃあ、何が?
考えて、日下部は、一つある、と思い至った。
でも、それもだめかもしれない。
拒絶されるかもしれない恐怖。
けれど、どうしても、したくって。
日下部は天谷の手を、そっと握る。
映画が怖いから。
そんな理由を付けてやればいい、そう思って。
隣では、天谷が目を見開いたまま、ジッとテレビ画面を見ている。
どうする? どうなる? 映画の行方よりもこの手の行方が日下部は気になる。
胸のドキドキが止まらない。
握った手が、握り返される。
弱弱しくて、震えているけれど、逃げない。
ああ、赤く染まった横顔が愛おしい。
「俺、今すっごく幸せ」
日下部が言う。
「は? サスペンス映画観ながら何言ってんの?」
天谷はそっけなくそう言う。
何事も無かったかのように。
テレビ画面では、俳優とヒロインの女優が雨に打たれながら抱き合っている。
エンディング曲は作品のラストに似合わず、妙におどろおどろしい曲だった。
「俺も、俺も幸せかも」
妙なタイミングで訪れたそれに、日下部は笑う。
天谷は赤い顔でいる。
テレビ画面は暗くなり、映画の終わりを告げている。
でも…………
二人の手は、まだつながったまま……。
甘い、二人だけの時間がゆっくりと、ゆっくりと動き出す。
終
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