132 / 245
第132話 テノヒラノユキヲ見ㇽ日17p
『なぁ、天谷、何にも知らないふりして、あいつの側にいてやれよ。お前は何も知らない風で、怒ったり、笑ったりしてればいいよ』
「…………」
『そんなお前を見たくて日下部は今日、お前を選んだんだよ』
「でも、普通に何て、俺……」
『天谷が普通でいられないんなら、俺がお前をさらいに行く』
いかにも真面目という声色で小宮は言った。
その真面目さが小宮と不釣り合いで、天谷は何だかおかしくなった。
「何それ」
『真面目な話しよー』
「不真面目な顔で何言ってんだか」
『無礼! 失礼!』
自然と、天谷の顔が、心が緩む。
くすくすと、天谷は笑う。
小宮も笑った。
「そろそろ日下部戻って来るかも」
『うん、じゃあ。天谷。普通なクリスマスをな!』
「うん。普通に。小宮も」
『了! じゃあな!』
「うん」
小宮との電話が切れる。
(普通に……)
天谷は心の中でそっとそう思う。
本屋の小説の棚の前。
天谷は手に取った小説のページを丁寧に捲り、ページを流し読みしていた。
「遅くなった」
隣から、息を切らせた日下部の声。
天谷は小説を閉じて、横目で日下部を見る。
日下部は少し緊張した顔をしていた。
天谷の方も緊張している。
(普通に)
そう心の中で唱えて、天谷は口を開く。
「めちゃくちゃ待った」
日下部を待っている時間を天谷は長く感じた。
永遠に日下部は戻って来ないのではないか、と感じるほどに。
でも、日下部は天谷の下に戻って来た。
急いで戻って来たのだろう、息を切らせて、天谷の側にいる。
「天谷、ごめん。あの、色々悪かったから」
日下部はそう言って天谷から視線を逸らして頭を掻く。
天谷は首を横に振って、「ううん、俺も、何かごめん」と謝る。
その後で、日下部の顔を見ながら「日下部、まだ一緒にいてもいい?」と、たどたどしい口調で訊いてみる。
日下部は一瞬息を詰まらせると、「ばっ、ばか! いいに決まってるだろ!」と顔を赤くして言った。
「日下部、顔、赤い。暑いの?」
天谷が訊くと、日下部は恥ずかしそうに、「お前のせいだ、ばか!」と言って棚から適当に本を抜き取り、赤い顔のままパラパラとページを捲り出した。
不自然な日下部の態度。
でも、怒ってはいないようで……。
(仲直り、出来たのかな)
天谷は日下部の横で、さっき手に取った小説を棚から出してページを開く。
日下部との距離はあと三センチ。
触れそうで触れない距離。
その距離が何処かもどかしく感じるのはどうしてなのか、天谷は考えないようにした。
ともだちにシェアしよう!