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第137話 テノヒラノユキヲ見ㇽ日23p

「何か、凄く愛おしい絵」  天谷の口からそんな言葉が漏れた。  天谷は白熊の目から目が離せなかった。  この目をずっと見ていたい、そう思った。 「この絵を見て、そんな風に思えるんなら、お前も恋くらいするよ」  日下部がそっと言った。 「そうかな」  絵から目を逸らさないで天谷が言う。 「そうだろ」  日下部が絵を見ながら言う。  天谷の指先が、いつの間にか日下部のコートの袖の裾を摘まんでいた。  そのことを、日下部は気付いている風だったが何も言わない。  天谷は絵に集中していて、だから多分、日下部のコートの袖の裾を摘まんでいるのは無意識に、だ。  日下部が少し声を出して、笑った。 「何?」  眉を顰めて天谷は訊く。 「何でも無い」  可笑しそうに日下部が答えた。  やがて、閉館時間を告げる放送が聞こえだした。  天谷の指は、何事も無かったかのように解けた。 「どうしよう。目録、欲しいかも」  困った顔を浮かべ天谷が言う。 「マジか。まだグッズ売ってる店、開いてっかな……走るぞ!」  言った側から日下部は走り出す。 「えっ、走るって。美術展でマズいんじゃあ……」  天谷がそう言っている間に日下部は、どんどん遠ざかる。 「ちょ、待て、日下部っ!」  仕方なく、天谷も赤いカーペットを蹴って走り出した。  グッズの販売店は閉店の準備を始めていた。  天谷が日下部に追いついた時には、日下部が店員と話をしている所だった。 「天谷、まだ売ってくれるって」  息を切らせている天谷に日下部が言った。 「あ、ありがとう」  天谷は、ゼイゼイ言いながらも、日下部にそう言い、店員にもお礼を述べる。  天谷と日下部は手早く店内を回った。  天谷は目録の他にポストカードを何枚か買って、日下部は目録だけ買った。  二人が買い物を済ませると、店はクローズとなった。  閉館を告げる放送に急かされながら二人は外に出た。  外はやはり寒かった。  冷たい風が天谷の頬に当たる。  しかし、天谷はちっとも寒さを感じなかった。  体の底から湧いて来る熱が、体中を温めていたから。  白熊の黒い瞳が、まだ天谷の目に焼き付いている。  あの絵の中では雪が降っていた。  白熊はちっとも寒そうでは無かった。  白熊だから?  それとも、何かで満たされていたから?  天谷の頭がくるくると回る。  日下部が天谷の首にマフラーを巻く。  天谷は瞬きをして、日下部の顔を見る。  日下部は優しい笑みを浮かべて天谷を見ている。 「帰り、何か食べて帰ろうか」  優しく、日下部が言う。 「うん」  天谷は小さく頷く。  二人で黙って歩き出す。

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