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第141話 テノヒラノユキヲ見ㇽ日27p

「日下部っ!」  天谷は叫んでいた。  日下部が振り返る。 「いっ……」  振り返った日下部の顔を見て、天谷に冷静さが戻る。 (普通に、普通に)  行かないで、何て言えない。  普通じゃ無くなるから。  日下部がこちらに戻ってこようと一歩足を勧める。  天谷の心臓がチクリと痛む。 (ダメだ。普通でいなくちゃ)  だから、だから。 「いいクリスマスを!」  そう言って笑顔を作り、天谷は日下部に手を振る。  日下部の足が止まる。 「……ああ、お前も。お前も、いいクリスマスをな!」  日下部はニッと笑って、そして再び天谷に背を向けた。  去って行く日下部の背中。  もう戻って来ないことを確かめると、天谷は作り笑顔を消す。  天谷は日下部と反対側のホームへと向かって早足で歩いた。  ホームに着くと、反対側のホームに日下部の姿があった。  けど、向うの電車が滑るようにやって来て、日下部の姿は直ぐに見えなくなった。  こっちにも電車が来た。  天谷は電車に乗り込む。  電車に揺られながら、天谷は手袋をはめた手のひらを見る。  すっかり消えてしまった雪の跡。  もうどこにあったのかわからない。  家に着くと、天谷は真っすぐ自分の部屋へ向かった。  広い部屋には机とベッド、それに本棚だけ。  天谷は電気もつけずにリュックを床に置きコートを床に脱ぎ捨てて、手袋を外すと、それを机の上に揃えて置いた。  そして、紙袋から鯨のぬいぐるみを出して、ベッドに潜り込む。  布団から顔を出して、両手で鯨のぬいぐるみをしげしげと見る。  このぬいぐるみを見ていたら、嫌でも日下部のことを思い出す。 (日下部、今頃、彼女と……)  日下部がどうしているか、考えると胸が痛い。  天谷はぬいぐるみを抱きしめる。  今日一日のことが天谷の頭の中を巡る。  沢山楽しかった。  沢山笑った。  でも…………。 (日下部っ……)  胸が痛い。  この胸の痛みが何なのか、天谷は、まだ知らない。  今はただ、普通でいられない自分に戸惑うだけ。  日下部に似たぬいぐるみを強く抱きしめながら、天谷は眠る。  天谷は夢を見る。  日下部に貰った手袋をはめた手に、雪が永遠に降り続ける夢。  雪は手袋に落ちては溶けてゆく。  誰かの儚い思いのように、じわりじわりと溶けてゆく。  そんな手のひらの雪を見ながら、天谷は思うのだ。  日下部に会いたい、と。  終

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