144 / 245
第144話 蜜の指先3p
「わかった」
天谷は日下部の手に導かれて、レモンに包丁を差し込んでゆく。
レモンは綺麗に二つに切れた。
「やっ、やった!」
飛び上がりそうなほどに喜ぶ天谷。
「残り一つ、やれそうか?」
天谷の体から離れて日下部は訊いた。
「ん、大丈夫」
自信ありげに天谷は答えた。
「どうよ!」
レモンを半分に切り終わり、自慢そうに天谷が言う。
「良く出来ました。次はレモンを絞るから」
日下部は絞り器を取って天谷に見せる。
白いプラスチック製の絞り器。
日下部は百円ショップで買った。
「これで、レモンを絞って、グラスにレモン汁入れて、で、蜂蜜大匙一くらい加えて、氷入れてから水か炭酸水入れて混ぜんの」
「蜂蜜入れんの?」
「そ、蜂蜜。蜂蜜にハマってんの。何にでも蜂蜜入れるんだわ」
日下部は作業台に置かれた蜂蜜の瓶を手に取って天谷に渡した。
蜂蜜を手に取ると、天谷はじっくりと蜂蜜の瓶を見る。
琥珀色の蜂蜜が瓶の中にたっぷりと入っている。
ラベルには、百花蜂蜜と書いてある。
「それ、国産なんだぜ」
「へぇー」
「じゃあ、レモン絞るか」
「あっ、俺やりたい!」
天谷が目を輝かせ言う。
「大丈夫か?」
不安を露に日下部は言う。
「レモン絞るくらい訳ないって」
天谷にそう言われて、日下部はレモンと絞り器を天谷に渡した。
天谷はレモンを絞り器にグリグリと押し当てて、レモンを絞っていく。
「んーっ、中々、汁出ない。これ、わりと難しいな」
言いながら、一生懸命、レモンを絞る天谷。
レモンの爽やかな香りが広がっている。
どこか夏らしい香り。
日下部は、眉を寄せレモンを絞る天谷の姿を面白そうに見ている。
「ははっ、不器用なやつだな、天谷は。ま、そんなもんでいいだろ。汁、グラスに入れて」
「わかった」
日下部に言われた通りに、作業台に並ぶ三つの透明なグラスの内の一つに、天谷は搾りたてのレモン汁を入れた。
「何か、口の中、酸っぱくなる」
グラスに入ったレモンの汁を見ながら天谷は言う。
「わかるわ。次、俺が絞るな」
そう言うと、日下部はレモンを絞り器でギュッと絞る。
「おおっ! 日下部、すげー! 沢山汁出た!」
天谷が感心した様子で絞り器に溜まったレモンの汁を見る。
絞ったレモンの汁は、手早くグラスに移された。
「次も俺が絞るから。天谷、蜂蜜開けて、そのおっきいスプーンでそれぞれのグラスに入れてって」
「了解。俺の、蜂蜜、少な目でいい?」
「好きにしたら」
「うん」
次のレモンを日下部が絞り出した。
天谷は蜂蜜の瓶を開けようとしている。
しかし、蓋が硬いのか、中々、開けられずにいる。
「大丈夫かよ?」
「大丈夫うーっ! あっ、開いた!」
ため息をする日下部だった。
ともだちにシェアしよう!