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第145話 蜜の指先4p

 日下部は再びレモンを絞り出す。  少しの沈黙。 「なぁ、日下部」 「んんー」  日下部は顔を上げずに言った。 「これ、どうしよう」 「んっ?」  日下部が顔を上げて天谷を見ると、たっぷりと蜂蜜を付けた人差し指を日下部に向かって見せる天谷の姿があった。  天谷の指先からは蜂蜜が滴り落ちている。 「お前、何やってんの?」  滴り落ちる蜂蜜に、日下部は切ない眼差しを送る。 「いやー、一度やってみたかったんだよな。蜂蜜の瓶に指を突っ込むってさ」  から笑いをしながら言う天谷。 「お前はガキか! そんなのさっさと舐めちまえよ!」 「いやさ、俺、甘い物、苦手じゃん? だから、舐めるとか無理だから。これ、どうしたらいいかな、と思ってさ」 「はぁ? お前、何、無責任なこと言ってんの! その蜂蜜が出来るまで、蜂がどんだけ苦労して花の蜜集めてると思ってんだ! 責任もって舐めろ!」 「ううっ、ごめん。反省してるから許して」  天谷はシュンとなる。  日下部は深いため息を付いて「仕方ねーなぁ」と頭を掻いた。 「ちょっとは舐めろよ。それで許してやるから。甘い物、全くダメなわけじゃ、ねーんだろ?」 「んっ、わかった」  天谷は舌をチロリと出すと、指先に付いた蜂蜜をちょっぴり舐めた。 「どうよ?」  日下部に訊かれて、天谷は「毒の味がする」と苦い顔で答えた。 (毒の味か。そういや、こいつ、子供ん時、継母にメープルシロップを毒だとか言われて舐めさせられたとか言ってたよな。蜂蜜とメープルシロップって何か似てるし、トラウマ思い出させちまった?)  日下部は不安になる。 「日下部、どうした?」  天谷が心配そうな顔で日下部を見ている。 「ん、何でもねーよ。良く出来ました」  日下部は天谷の頭を撫でてやる。 「ちょっと、止めろよ、日下部!」  天谷は嫌そうに日下部の手を払いのける。  不機嫌そうに口を尖らせて、怒った風でいる。  その様子はいつもの天谷だった。  日下部はホッとした。 「蜂蜜、洗っていい? 舐めたし」  天谷は水道の蛇口に手を伸ばす。  と、日下部がその手を止めた。  訝し気な顔で天谷が日下部を見る。 「洗うとか、もったいねーよ」  そう言うと、日下部は後ろを振り返り、部屋にいる小宮の様子を見た。  小宮はイヤホンから流れる音楽でリズムを刻みながら、アダルト雑誌のページを捲っている。  小宮が、こちらの様子を気にしている感じは一切見えない。  日下部は天谷の方を向く。  そして、蜂蜜の付いた天谷の指のある方の手首を握る。 「なっ、何?」  訳がわからないというように、天谷は目をパチパチさせている。  日下部は、悪戯っぽく微笑むと、天谷の手を自分の口元へ持っていき、蜂蜜の付いた指の先を舌でペロリと舐めた。 「なっ……」  天谷が息を詰まらせる。

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