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第160話 喧騒と静寂と後、何か9p
(日下部だって嫌だよな。こんなイジイジジメジメしてるやつと一緒にいるとか。俺なんかより、日下部にはもっと他に……)
天谷の心の中に、どんどん黒い雲が広がって行く。
それを、天谷は自分自身で止めらない。
放っておいたら、このまま雨でも降りそうなほどに黒々と湧く雲は、ネガティブな言葉の糸で編まれていた。
(俺のこと何かほっといたらいいのに)
このまま日下部といたら、自分が何を言い出すか怖くて天谷は震えた。
一人でいたい。
一人が楽だ。
誰も傷付けて来ないから。
誰も傷付けないから。
一人が好き。
一人が…………。
「天谷、夏休み、二人で旅行に行かないか?」
日下部の台詞に、天谷は足を止める。
そして、日下部の顔を目を丸くして天谷は見た。
天谷は、蝉の声がうるさくてしかたない。
その蝉の声に、日下部の声が重なる。
「八月、何か予定あるか?」
訊かれて、「と、特に無いけど」と天谷は答えた。
日下部はホッとした顔をして「良かった。八月十二日に旅行、どう?」と話した。
天谷は焦る。
「り、旅行って、何で急に、そんなことっ……」
「急にじゃ無くてさ、前から考えてたの。ほら、約束したじゃん、大学入ったら温泉行こうって。屋上から綺麗な月が見える温泉。あれ、ダメになっちまったから、だから、さ」
「あっ……俺っ」
大学に入ったら、泊りで温泉に行こう。
屋上から月が見える温泉へ。
綺麗な月が。
天谷は目を伏せる。
(そんな約束、もう忘れてた。俺は、忘れてたのに)
二人でした約束。
何げなくした約束。
もう終わってしまった約束。
それを日下部は覚えていた。
「天谷、俺と一緒に旅行行くの、嫌?」
日下部の不安そうな顔を見て、天谷は夢中で首を横に振る。
「良かった。実は、もう宿、予約してて」
「えっ?」
「いや、お前が好きそうな旅館見つけてさ。それで、今回の旅行思い付いたわけ。あっ、旅費のことなら心配しなくて大丈夫だから。俺が、その、払うし」
「えっ、な、何で?」
「何でって、バイトしてたから」
「あっ……バイトって、まさか、そのために?」
天谷の頭は混乱していた。
どうして日下部がそこまでするのか。
天谷には考えられなかった。
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