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第203話 恋人アプリやってみました42p

(俺は別に、日下部の体をどうにかしたい、とかは思わないんだけど。逆に何かされたいとかも思わないし……何だろう、虚しい)  自分がまだ知らない感情があることに天谷は気付いて、天谷は何とも言えない気持ちになり、息をそっと吐き出した。  天谷はメールの続きをゆっくりと読みだす。 『ホテルのモーニングを逃したわたくし達は、ホテル近くのカフェで軽い朝食を取り、京都駅のロッカーに荷物を預けて清水寺へと向かいました。  清水寺へはバスに乗って。  カフェでもそうでしたが、バスを待つ間、夜のこともあり、何だか気恥ずかしくて、彼に何て話しかけて良いのかわからなくて。わたくしは彼と何を話したら良いのかを自分の足下を見ながらずっと考えておりました。  彼も難しい顔をして無言で。  それが、わたくしには不安で。  わたくし達は黙ってしばらくバスを待っておりました。  そうしているうちに、バスが来て、わたくし達はバスに乗り込みました。  バスは凄い混みまして。  もう、揉みくちゃにされました。  やっと目的のバス停で降りると、清水寺目指して二人で黙って歩きました。  このままではいけない、何か話さなくては、と思うのですが、何を話せば? という疑問が頭の中で返って来るばかりで、わたくしの口は閉じた貝のように開かなかったので御座います。  そのうちに、彼の方から話をし出して、何げない話だったと思います。  何でも無いような、普通の話。  それが何だかおかしく感じて、わたくしは笑いました。  わたくしが笑うと、彼も笑って。  それからは、もう、ずっと二人で笑顔でいました。  二人とも、恥ずかしかったんですね。夜のことが。色々ありましたから。  その恥ずかしさからの緊張が、彼の何げない会話で溶けたんです。  ああ、思い出すと、本当に懐かしいです。  二人で話しながらの清水寺へはあっという間で、二年坂、三年坂はきつかったですが、登り終えると清々しい感じで。  清水の舞台から見た景色は晴れ渡っていました。  緑が綺麗に見えて。  お賽銭を切らせた彼に、五円渡して二人で本堂の前で手を合わせて。  わたくしは、彼とのこれからの幸せを願いました。  彼が何を願ったのかはわかりません。  教えてもらえなかったんです。  だから、わたくしも願い事を、彼に秘密に致しました。  本堂で手を合わせた後は、清水寺から見える景色を見ながら二人でのんびりとしました。  お守りなんかを見たりして。  わたくしったら、おみくじを引く彼の背中を見ながら、ふと、夜のことを思い出してしまい。 朝、目が覚めた時の乱れたシーツの映像までくっきりと頭の中に蘇り、自分が身も心も彼のものになったんだという実感が急に湧いて来て、大変焦ったわたくしなのでした。』  まだ若かった赤式の恋。  恋人と結ばれた次の日の気まずさ。  恋人の背中を見ながら、自分が彼のものになったのだということを噛みしめて恥ずかしがる気持ち。  そんな思いをまだ知らない天谷だったが、気持ちが赤式にシンクロしていて、天谷は、何だか、その瞬間の思いを少しわかるような錯覚に陥った。  それは不思議な感覚だった。

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