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第225話 日下部のバイトの風景7p

『俺も、天谷の顔が見たいよ』  日下部は素直な気持ちをメールで送った。  こんなやり取り、天谷とは中々無くて、何だかドキドキする日下部。  天谷からの返事を待つ時間が日下部には異様に長く感じた。  天谷からの返事が来る。 『ん、嬉しっ』  天谷のメールを見て、日下部の顔はニヤけた。 (何か、付き合ってるって感じ)  日下部はサンドイッチを食べながら天谷とのメールのやり取りをしばらく続ける。  織戸は、そんな日下部を温かい目で眺めながらコーヒーのお代わりを飲んでいる。  柔らかな時間が店には流れていた。  店のドアが開く。  客がやって来たのだ。  日下部はスマートフォンから顔を上げて、「いらっしゃいませ」と声を上げて、席を立とうとする。 「日下部君、いいから休憩してて。俺が接客するから」  織部がそう言った。 「あ、ありがとうございます」  日下部は織戸に従い、浮いた腰を再び椅子に沈めた。    客は一人で、細身の男だった。  白いシャツに、縁なしの眼鏡をかけていて、男の髪には天然なのか、ゆるいパーマがかかっており、前髪にまで小さな波を作っていた。 「いらっしゃい」  織戸が客に声をかける。 「どうも」  客は静かな声で言った。  客はカウンターの席に座る。  織戸の目の前の席だ。 「あの、コーヒーを……」  客がそう言うと、織戸は、「いつものやつですね」と笑顔を作る。 「あっ、覚えていて下さったんですか?」  客が瞳を開いてそう言うと、織戸は「勿論。マンデリン、ですよね」と言う。  客の顔は途端に赤くなる。 「はい……」  客は俯いて、赤い顔を隠すようにする。  織戸は目を細め、優しい眼差しで客を見た後、コーヒーを入れ始めた。  店の中のコーヒーの香りが濃厚になる。  客は、コーヒーを入れる織戸の姿をジッと眺めていた。  コーヒーが出来上がり、織戸が静かに客の前にカップを置く。  ミルクや砂糖は置かない。  この客がブラックで飲むことまで織戸は知っているのだ。 「あ、ありがとうございます」  客は、やはり静かな声で言う。 「ゆっくりしていって下さい」  織戸がそう言うと、客は嬉しそうに、「はい」と答えた。  客は実に静かにコーヒーを飲んだ。  ゆっくりと、織戸の入れたコーヒーを味わって飲む。  ため息混じりにコーヒーを啜る客からは何とも言い難い色気がにじみ出ていた。  客は、たまに織戸の方をチラリと見てはカップを啜る。  織戸の方も、たまに客を盗み見る。  お互いの目が合うと、客は赤面して俯いてカップのコーヒーを啜った。  二人の間には、何か特別な空気が流れていた。

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