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第227話 日下部のバイトの風景9p

 アンダーグラウンドのカフェタイムがいつの間にか終了した。  最後の客を織戸と見送り、日下部は店の外のドアノブの看板をcloseにして、メニューの書かれた看板を店の中へ下げる。  これで日下部のアンダーグラウンドでの仕事はお終いだ。  この後のバータイムは織戸一人で切り盛りするのだ。 「日下部君、お疲れ様。もう上がって」 「織戸さん、後、手伝うこととかあったらやりますよ。次のバイトまでまだ時間あるんで」 「嬉しいけど、大丈夫だよ。日下部君、働き過ぎは良くないよ。次のバイトまでここで休んでく? コーヒーくらいご馳走するよ」 「あっ、本当ですか! それじゃあ、コーヒー貰います!」 「ふふっ。じゃあ、着替えておいで」 「うす」  日下部は急いでロッカールームへと向かった。  ロッカーは細長いスチールのロッカー。  ロッカーは二つだけ。  もう一つのロッカーは織戸が使っている。  ロッカールームには小さな窓があったが、その開いている窓からは風は入って来なかった。    着替えている最中、日下部は天谷を思い出す。 (あいつ、まだ図書館だよな。不二崎と一緒に……。俺といるより不二崎といる時間の方が長いじゃねーか。でも、俺は一緒に旅行行くし)  大学に入って、天谷と一緒にいる時間があまり持てなくなったことは日下部には計算外だった。  日下部にも小宮にも大学で友達が出来て、人見知りのする天谷はその友達の輪の中に入っては来なかった。  そうこうするうちに、天谷に不二崎という友人が出来て、日下部はバイトに勤しむようになり、天谷との時間は全くと言って良いほど減ってしまった。  かと言って、会えば会ったで喧嘩をしてしまったり、ただの世間話をして終わりになったり。  ずっと恋人と言うより、ただの友達と変わらない関係が続いていた。  そんな関係を変えたくて、最近、天谷に対して攻めの姿勢を取っている日下部なのであった。    着替えをすませて、ロッカーに備え付けられている鏡で髪を調えた後、日下部はロッカールームを出る。  ロッカールームの扉を閉めると、もうコーヒーの香りが漂っていた。  カウンターの奥から日下部が出ると、織戸がカウンターに立ちながらコーヒーを啜っていた。 「織戸さん、お疲れ様です」  日下部が声をかけると、織戸はカップから唇を離し、「うん、お疲れ。日下部君の分のコーヒー、そこだから」とカウンターの真ん中に置かれたカップを目で示して言う。 「ありがとうございます」  日下部は、カウンターの外に回り込み、席に座ると「頂きます」と言ってコーヒーに口を付けた。 「やっぱ美味いです」  日下部がそう言うと、織部は笑った。  日下部は静かにコーヒーを飲む。  しばらく無言でいると、織戸が「日下部君、付き合っている子とはどうなの?」と話しかけて来た。

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