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第228話 日下部のバイトの風景10p

 日下部はコーヒーを吹き出しそうになる。 「い、いきなりすね」 「うん、いきなり」  織戸はカップ片手に目を細め、口元に笑みを浮かべて日下部を見ている。  日下部は何だか気まずい気持になって、織戸から視線を逸らし、「まぁまぁ……の関係です」と答えた。  そう答えたものの、実際のところは、天谷との関係に少々不満があった日下部には、正直に答えなかったことへの後ろめたさが残った。  会いたいけど会えない。  触れたいけれど、思うように触れられない。  天谷がまるで繊細なガラス細工のようで、どう接したらいいか時々日下部にはわからなくなる。  自分に天谷の心が見える力があったら良いのに、と日下部は思う。 「うちに面接に来た時、うちで働く動機を訊いたら、日下部君、付き合ってる子との旅行のお金を貯めたいからだって言ったよね」  そんなこと言ったっけ、と思いながら、日下部は、「はい」と答える。 「正直、チャラい動機だと思ったんだけど、日下部君の目が真剣だったから採用することにしたんだ」 「そう……だったんですか」 「日下部君」 「はい」 「付き合ってる子のこと、大事にしなよ」 「……はい」  男二人はコーヒーを飲む。  そして二人はため息を吐き出す。 「そうだ、日下部君、夏休みが終わってからも、うちで働いて欲しいって話、考えてくれた?」  織戸が思い出したかのように言った。 「あっ、はい。考え中です」  日下部はカップから口を離し、答えた。 「時間が空いている時でいいから店、手伝ってよ。俺、日下部君のこと結構気に入ってるんだ」  そう聞いて、日下部は嬉しそうに、「はい」と答えた。    日下部のカップが空になり、日下部は、「そろそろ帰ります」と、カップを持ち、席を立つ。 「うん。あっ、カップ、そのままでいいから」  言われて日下部は、「どうも」と頭を下げて、カップをカウンターに置く。 「じゃあ、明日またよろしくね」  織戸がそう言うと、日下部は、「うす。よろしくお願いします」と元気に返した。  日下部が店を出るまで、織戸はずっと日下部を見ていた。  ドアが閉まる瞬間、織戸が日下部に向かって手を振る。  日下部が急いで手を振り返そうとする間にドアは閉まった。  次のアルバイト先に向かう道すがら、日下部は天谷にメールをしようかどうしようかと悩んだ。  今、天谷は図書館で閉館時間前に読書に没頭しているに違いなかった。 (今、連絡したら、流石に悪いよな。でも、これから、またバイトが終わるまで天谷と全く連絡が取れないってのも、何か……)  日下部は、先ほどの織戸とのやり取りを思い出す。  織戸は、天谷を大事にしろと言った。

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