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第230話 日下部のバイトの風景12p
恋人と一緒に、行く旅行について語り合う時間。
そういうのも良いな、と日下部は、ふと、思った。
天谷からの返事が来る。
『うん。あの、じゃあ、旅行の日まで、いつでもいいから、話し、しよう。本当は会いたいんだけど、日下部、バイトで忙しいし、疲れてると思うから、メールで』
本当は会いたい。
その言葉に、日下部は笑みをこぼす。
何て答えようかと、日下部は考える。
俺も会いたい……何て、歯が浮く台詞が日下部の頭をかすめて、でも、それは本当のことで。
日下部は、あれこれと考えた末に、やっと天谷に送るメールの文書を書いた。
『うん、メールで。今日、バイトが終わったら、こっちからまた連絡するから、その時にでも話し合いする日、決めよう。えーっと、俺も会いたいです』
送信。
送信してから日下部は慌てる。
(ちょ、これ、大丈夫? えーっと、とか敬語とか、何か適当な返しのようにも捉えられる文面だったよな? 天谷に勘違いされたらどうしよう)
日下部は緊張して天谷の返事を待つ。
果たして、天谷から返って来たメールの返事は、『あっ、何かごめん。忙しいのに会いたいとか言って。空気読んで無かった。メール、待ってるから。じゃあ』という物だった。
日下部は目頭を押さえた。
(や、やっちまった)
急いでフォローのメールを送る日下部。
『いや、違うから! 俺も会いたいから! 本当だから!』
天谷から、そのメールの返事が返って来る。
『うん、ありがと』
日下部は、ほっと胸を撫で下ろした。
(うっ、心臓に悪っ。天谷のやつ、マイナス思考だから気を付けなきゃ。あーっ、大事にするって難しいなぁ)
日下部は空を見上げる。
まだ、明るい空。
じきに日が沈む。
日下部は、足を速めて次のアルバイト先へ向かう。
夜が待ち遠しい。
天谷と繋がる夜が。
会いたい。
今すぐに。
ただ、会いたい。
その気持ちが日下部の背中を押す。
日下部は走り出す。
天谷と繋がる夜へと近づくように。
『付き合ってる子のこと、大事にしなよ』
織戸の言葉が再び日下部の頭に降りて来る。
日下部は、走りながら、しっかりと頷いていた。
終
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