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第236話 初旅1p

 早朝。  天谷は紺色のリュックを背負い、これまた紺色のショルダーバッグを肩に掛けて、駅の時計台の下にいた。  天谷は、よいしょ、とリュックを背負い直す。  減らしに減らした荷物だったが、結局リュックはパンパンに膨らんでしまった。  早朝の駅前は人はまばらで、鳥のさえずる声が聞こえる。  実に気持ちの良い朝だった。  天谷は眠たげな目でスマートフォンで時間を確認しながら、少し早かったかな、何て思ってみる。  天谷はあくびをすると、ズボンのポケットに両手を突っ込み、しばらくぼうっと立っていた。  そうして過ごすうちに、視界の向こうに待ち人の姿を捉えた。  天谷は何となく視線を足下に移した。 「久しぶり」  黒いリュックを背負った待ち人が天谷にそう声をかける。  天谷は顔を上げて「久しぶり」と待ち人である日下部に言った。  本当に久しぶりだった。  二人は電話で話したり、メールをしたりは毎日していたが、大学の夏休みに入ってからは全く会っていなかった。  日下部はアルバイトに明け暮れていたし、そんな日下部に会いに行って疲れさせては、と天谷は気を使って会いには行かなかった。 「遠くからだと誰だか分からなかった」と日下部が天谷に言う。  天谷は普段している黒縁の眼鏡をしていなかった。  それだけでなく、伸びていた前髪が軽くカットされていた。  そして、服装はカラフルなボタンが留まった白いシャツに、黒と白のチェックのズボンといつもより明るめになっていた。 「コンタクトにしてみた。服は、小宮が選んでくれて……髪も小宮が切ってくれた」  日下部とは目を合わせずに天谷が言う。  眼鏡を外して素顔を見せた天谷の姿はとても綺麗で、ずっと人目を引いていた。  服装が少し明るくなった分、余計に天谷は目立っていた。  日下部はと言うと、黒の無地の大き目のティーシャツにジーパンというラフな格好だ。 「イメチェン、良いんじゃねーの」  そう言って日下部は少し恥ずかしそうにして、天谷から目を逸らし、そのまま天谷の柔らかい髪を撫でた。 「ん、ありがと」  天谷が小声で言う。 「じゃあ、そろそろ行くか」  日下部が言う。 「ん」  天谷が頷く。  久しぶりできごちない二人は駅へ向かう。  これから二人は電車を乗り継いで新幹線に乗り、そしてまた電車を乗り継いで目的の場所まで向かうのだ。  旅の目的地へ。  二人が約束していた旅行の日が今日だった。  天谷のイメージチェンジは今回の旅行の為のものだ。  日下部に喜んでもらえたかどうかは天谷にはいまいち良くわからなかったが。  昨夜、天谷は中々寝付けなかった。  旅行のことを考えると目がさえてしまってちっとも眠れないのだ。

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