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第239話 初旅4p

 店を出ると、日下部が駅の方へと向かい歩き始める。  天谷は日下部の後をついて行く。  これからどうするのか、何処へ行くのか、天谷は日下部から全く聞いていなかった。  少し不安でいる天谷に「駅の前の道路から旅館へ向かう送迎バスが出てるんだ。丁度バスが来る時間だからさ」と、日下部は言う。  どうやら、これから旅館へ向かうらしい。 「送迎バス出てるんだ。バスの時間把握してるとか、凄いな」  感心して天谷が言うと、日下部は、「さっき、スマホでササっと調べた」と返した。 「ふぅーん」  また天谷は感心した。 (いつも適当な感じに見えるのに、こういう時、ちゃんとしてるって何か良いよな)  こっそりそんなことを思う天谷だった。    二人が駅の前で、日の光にさんさんと照らされて待っていると、少しして旅館の送迎バスが二人の前に止まった。  小さな空色のバスで、緑色で沙羅夜(サラヤ)図書旅館と書かれてある。 (妙な名前の旅館)  旅館の名前を見て、そう天谷は思う。  バスの扉が開くと「先に乗れよ」と日下部が言うので天谷は先にバスに乗り込んだ。  続いて日下部がバスに乗り込む。  天谷は何となく、一番後ろの座席に座った。  後ろの座席は三人が並んで座れるくらいの広さだった。  日下部が天谷の隣に座る。 「天谷、荷物、こっちの空いてる座席に俺のと纏めて置くから貸して」  日下部にそう言われて、膝に置いた荷物を天谷は日下部に渡した。    客は天谷と日下部だけと見たのか、運転手は二人だけを乗せてバスを発車させた。  バスはしばらく町の中を走り、そして町を抜けて山の中の道へ入った。 「旅館、山の中にあるのか?」  天谷が訊くと、日下部は、「ああ」と答える。 (山の中の旅館か……)  天谷は窓の景色に目を向けた。  緑の葉を付けた名も知れない沢山の木々が道路の脇に生い茂っている。  その木々の様々な緑の色の名前が何なのか、天谷の頭は考える。  移り変わって行く景色の中で次々と思い浮かぶ緑の名前。    深緑。  薄萌黄。  濃萌黄。  若草色。  鶯色。 (木々の合間から見える空の色の名前は……)  すっかり景色に夢中になっている天谷に、日下部は話し掛けることはせず、同じように窓の外の景色を見ていた。  山の中を走ること数分。  送迎バスが止まり、バスの扉が開く。 「着いた」  日下部はそう言うと、二人分の荷物を掴み、座席から降りて、天谷の荷物を天谷に渡す。 「ありがと」  荷物を受け取った天谷はバスを降りる日下部の後に続いた。

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