240 / 245

第240話 初旅5p

 バスを降りて、目の前にある旅館を見た天谷は、「うわぁ」と声を上げる。  旅館は黒々とした木の壁と、黒く光る瓦屋根の二階建ての日本家屋で、引き戸の玄関扉の上にある庇に大き目の木製の看板があり、沙羅夜図書旅館と黒く横文字で書いてある。  旅館の周りは高い木の塀で囲まれていて、塀からは松の木が覗いている。  塀も旅館の壁と同じで黒々としていた。 「雰囲気、良い感じ」  旅館の佇まいは実に天谷好みであった。 「だろ」  日下部が得意そうに言う。  二人は並んで玄関の扉を開く。  扉はカラリと意気な音を鳴らして開いた。  玄関から直ぐが赤いカーペットの引かれた小さなロビーだった。  ロビーの中央には、木の滑らかそうな手すりのある立派な階段があり、やはり赤いカーペットが引かれている。  梁がむき出しになった高い天井から吊るされた宝石をちりばめたようなシャンデリアから、ほのかに明るい光が落ちてロビーを照らしていた。  階段の脇にある小さなフロントから着物を着た女性が二人、玄関までやって来て、「いらっしゃいませ」と天谷と日下部に声を掛ける。  天谷と日下部は二人の女性に頭をコクリと下げる。  紫色の着物を着た女性が、「ようこそお越し下さいました。わたくし、沙羅夜図書旅館の女将の沙羅屋涼子と申します。お客様、お名前をお伺いしても?」と言う。  日下部が「今日、二名で予約した日下部光平です」と答えると、もう一人の、こちらは水色の着物に白い前掛けをした女性が手に持ったクリップボードを確認してからボールペンでクリップボードに挟まった紙にチェックを入れた。  それを確認すると、女将が「日下部様、そちらの下駄箱にお靴を入れて頂いてスリッパに履き替えて頂いてからお部屋までご案内させて頂きます」と言う。 「わかりました」と日下部が答える。  天谷と日下部は靴を脱いで下駄箱の前に置かれたすのこに上がり、木の扉が付いた下駄箱にそれぞれの靴を入れる。  下駄箱には漢字で数字が書かれてあり、下駄箱の数字と同じ番号が付いた木の札状の鍵が付いている。  天谷は七番。  日下部は八番。  二人が靴を入れ、鍵を閉めて置かれた緑色のスリッパに履き替えると、水色の着物を着た女性が二人に、「お部屋までお荷物をお運びいたします」と言う。  その台詞を聞いて天谷は心配になる。 (この人一人で俺達の荷物を預かるのかな。大変じゃないのか?)  天谷がそう思っていると、日下部が「天谷、せっかくだから荷物、持ってもらえよ。俺はいいからさ」と言った。 「え、そんなの俺だっていいよ! 悪いし。女の人に荷物を持たせるとか!」  天谷がそう言うと、水色の着物を着た女性は笑って「大丈夫ですよ。お任せください」そう言った。 「じ、じゃあ」  天谷は申し訳ない、と思いながらも、断るのも申し訳ない気がして荷物を女性に預けた。  天谷から荷物を預かると女性は、「では、お部屋までご案内させて頂きます」と言って歩き出した。  女将が、「ごゆっくりおくつろぎ下さいませ」と二人に頭を下げる。  天谷と日下部は女将に軽く頭を下げて水色の着物を着た女性に続き、ロビーにある階段を上り始めた。 (部屋、二階なんだ)  階段を上りながら天谷は思う。

ともだちにシェアしよう!